| 第四話(湘南海浜風俗史シリーズ2)50年代から演奏され続けているハワイアンの名曲 |
前項では1950年代の湘南海岸における、ジャズやハワイアン・ミュージックの文化に触れましたが、今回は50年代から、現在に至るまで演奏され続けているハワイアンのスタンダードな曲を、いくつかご紹介したいと思います。 最近はフラダンスがブームとなり、これらの名曲を聞く機会も一段と増えましたが、その曲の発祥を知る人は少なくなりました。 また、これらの曲のメロディーは、「スティールギター」*で演奏されてきましたが、平成年代に入る頃から「スティールギター」無しの演奏が、特に本場ハワイに於いて多くなりました。現在は、我が国の方がスティールギターの名手が多いとも聞いており、現地で昔からのスタイルの演奏が聞けるのは、ワイキキの超一流ホテル「ハレクラニ」のプールサイドレストランぐらいでしょうか。あのスティールギター独特の音色に魅了されてきた我々の年代には淋しいかぎりです。歌詞に関しても、かっては英語(米語)が主でしたが、現在は原語の曲が多くなっています。ギターといい、言語といい、永らく続いたアメリカン・ハワイアンからの決別ともいえる民族の主張なのでしょう。
- ブルー・ハワイ「Blue Hawaii」。


あらゆる場所で演奏され、ハワイアンに、それ程興味のない人々の間でも、広く知られている最もスタンダードな曲です。この曲は 1937年(昭和12年)のハリウッド映画「ワイキキの結婚(ビング・クロスビー主演)」の主題歌として書き下ろされたものです。 ところが、1961年(昭和36年)にエルヴィス・プレスリーの同名映画のテーマとして取り上げられ、大ヒットしたことにより、現在の大方の人は、エルヴィス・プレスリーの曲としての認識があるようです。この曲のビング・クロスビーのSP盤*はミリオン・ヒットしましたが、その後のプレスリーのLP盤*も彼の31枚目のミリオンセラーになるという、大ヒットの記録を作っています。

- ハワイアン・ウェディングソング「Hawaiian wedding song」
 この曲もプレスリーの主演映画「ワイキキの結婚」で華やかに歌われていたため、彼の曲と思っている人が多いのですが、原題の「ケ・カリ・ネイ・アウ」は1925年に初演されたハワイのオペレッタ「プリンス・オブ・ハワイ」の中の一曲として創られたものです。1959年(昭和34年)には原語の歌詞から英詞を得て、アンディ・ウイリアムスも歌い、ヒットしています。
- 小さな竹の橋(On a little bamboo bridge)
これも誰でも知っている曲ですが、世界大戦(1941-1945年)前の1936年(昭和11年)に米国のさるポピュラー音楽家のチームがハワイをテーマとし描いたメロディーです。 かの有名な「サアッティモ」こと、ルイ・アームストロングがヒットさせたことは、ご存知の方は少ないことと思います。
住吉 弘
 ※住吉氏は、今でもハワイアンを歌います。--鳥山親男氏らと茅ヶ崎ゴルフ場に於いて--
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*スティールギター:台に弦を上向きに載せて演奏する、ハワイアン独特のギター。 18世紀の米国移民がアパラチア山脈などのフロンティアーで使用したダルシマー (DULCIMER)が進化した楽器といわれる。現在はカントリー、ジャズなど多様な分野 で使用されている。ハワイアン・スティールが最も進化しているといわれるが、米国 本土からの移入楽器であることにかわりない。
*SPレコード盤:フェノール系樹脂の12インチ丸盤に溝を刻み、鉄針で再生する仕組 みのレコード盤。草創期の製品ですが、この技術の出現でレコードが量産できるよう になった。
*LPレコード盤:SPが進化して高密度の溝が刻むことが出来るようになり、複数の曲 が録音されるようになったプラスティックの12インチレコード盤。日本では1950年代 中頃より普及した。
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19:33, Friday, Sep 23, 2005 ¦ 固定リンク
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