第二話 高橋健司さん「雲の展望台・披露山」 逗子の魅力の一つ、豊かな自然。 名所史蹟やうまいもの巡りもいいですが、気持ちと時間にゆとりがあるときは、「空を眺める旅」にでかけませんか。 今回は大ベストセラー「空の名前」の著者であり、長年にわたり気象の変化を撮り続けてきた逗子・小坪在住の高橋健司さんに、逗子ならではの自然の味わい方--雲の観察について、お話を伺いました。 雲の展望台・披露山 雲の観察には、披露山へよく行きます。披露山は雲や気象の変化を観察するのにとても適した場所※1です。著書:空の名前 にも、披露山で撮影した写真が多く使われています。写真を撮るにも披露山はよい場所です。写真では(手前にくる)近景・中景・(遠くに見える)遠景のバランスが重要ですが、披露山から見る風景には近景に逗子マリーナ、中景に江ノ島、遠景に富士山がバランスよく配置され、奥行き感と広がりのある、いい写真が撮れます。隣りの大崎公園からも同じような景色が見られますが、近景に配置する逗子マリーナがやや近すぎて、バランスが崩れてしまいます。 披露山でバランスのよい景色を見るなら、展望台の上か、その前のベンチのところがよいです。一方公園の先端からは逗子湾方面しか見ることができません。最近は披露山での写真撮影も人気があるらしく、お話したようなバランスのとれた構図で写真を撮影できる場所は限られているため、タイミングを逃すとなかなかいい場所をとることが難しいです。最近は4月5日のダイヤモンド富士※2のときなど、非常に混んでいました。 珍しいレンズ雲 ※1 披露山以外のご近所雲観察おすすめスポット 鎌倉ハイランド西側緑地付近 住宅地の端を沿うようにして作られた小さな公園。ここから北側の空に天園の煙突の左右に入道雲ができる様子などが見られるとのこと。 鎌倉ハイランド西側緑地 鎌倉ハイランド かまくら幼稚園前 こちらも住宅地の端にある遊歩道。北西方向に、丹沢の山並みから沸きあがる雲を見ることができる。ここからの夕陽はとても美しく、富士山を見ることも。 かまくら幼稚園 いずれも住宅地の中で、近隣の方の散歩コースや憩いの場となっている。迷惑に成らないように、特に駐車禁止場所、エンジンかけっぱなしなどの騒音、ごみのポイ捨てなどには気をつけましょう。 ※2 ダイヤモンド富士 富士山の頂きに、太陽が沈む現象を「ダイヤモンド富士」と呼びます。平均すると9月6日渚橋付近、7日逗子マリーナ・披露山公園・大崎公園、10日かまくら幼稚園が見られます(うるう年は日にちがずれます)。 披露山から見る空・七変化 山旗雲(やまはたぐも) くらげ雲…高層雲 雲の澪(みお) 台風一過の空 冬霞(ふゆがすみ) この7枚の写真は、いずれも披露山で撮影したものです。例えば観光などで訪れた人が、披露山から景色を観て「ああきれい」と満足して帰っていく。するとその人にとっての「披露山からの景色」はわずかな時間で観たそれだけ、になってしまいます。ですが季節や日、時間が変われば、実に様々な景色に出会うことができます。 冬の山旗雲、夏の笠雲 富士山を起点に南側に長く伸びるように見られるのが山旗雲です。 これは北風が強いときに発生します。 この発生のメカニズムは、空・風・富士山の関係をちょうど川・流れ・岩に例えると分かりやすいです。 川の中に岩があるとします。 流れは岩を避け両脇に逃れますが、岩の川下側でまた一つに合流するでしょう。 その時合流付近には渦など流れの乱れができます。 空でも同じようなことが起こっていて、山の風下に風の流れの乱れができ、そこに雲が発生するのです。 山旗雲という呼び名は古く万葉の時代からのもので、富士山を旗のポールに、雲を旗(吹流しのようなもの)に見立てています。 北風が強まるのは、西高東低の気圧配置が強まる頃、 つまり冬です。 山旗雲が見えたら、ああ冬が本格的になったな、と感じることができるでしょう。 富士山の山頂をすっぽりお椀のような雲が覆ってしまうような状態、それを笠雲(かさぐも)といいます。 笠雲は夏場や台風の時期、あるいは春先に、低気圧が発達しながら日本海を進むような時に見られます。 このメカニズムは、南海上の湿気を多く含んだ南風が、富士山を越えようとするとき、富士山の山肌を登っていくうちに冷やされて雲になるのです。 富士山の周りでこのように珍しい雲が見られるのは「3776メートルという高さ」「単独峰」の2つがポイントです。 地球をとりまく空気の層は1万メートル前後といわれますが、富士山はその4割弱にあたる高さで、いわば衝立(ついたて)のように空気の層にそびえ立つような状態にあります。 雲は風が乱れる場所にできるので、他の単独峰に比べると、ついたてが高い分、空気の流れが乱され、珍しい雲が発生しやすい、ということです。 他に、近くは大島(三原山)、遠くはイタリア・シシリー島の火山なども単独峰なので、笠雲ができます。 シシリーでは、笠雲を「風の伯爵夫人」と呼んでいるそうです。 また、富士山に笠雲ができるときは、伊豆半島を縦断する伊豆山系にも同じように山の頂上にかぶさるように雲が伸びることがあります。 これは高い山が連なっているため、笠雲が横につながっているような状態といえます。 天空で降る雨・くらげ雲 気象学では、雨は地面まで届いてはじめて「降水」と呼ばれ雨と認識されますが、くらげ雲は、雨が地面まで届かないうちに蒸発していく様子がみられるものです。このような空の断面図が見られる披露山からは、こうした雲の一部から、海面に雨が届いている様子が見られることもあります。 雲の澪(みお) 船の通り道で、海の中でも深くなっており航行しやすいところを澪(みお)と呼びます。それを雲になぞらえたもので、空に道ができたように、雲がつながった様子を指します。 どんよりした雲も、時がたてば美しく 空が低く、どんよりした「うっとうしい」雲。この雲の学名は層積雲(そうせきうん)で、畝雲、嵩張雲(かさばりぐも)、八重棚雲(やえたなぐも)などの愛称があります。でも、夕暮れが近づくと、雲に対し真上にあった太陽の光が、斜めから差し込むようになり、「天子の梯子(てんしのはしご)」というなんとも美しい景色をみることができます。 天子の梯子 夕日は沈んでからが、見もの 西側の空が見られる披露山は、夕陽の展望台としても適しています。ただ残念なのは、夕陽見物に訪れた方々の多くが、日が沈んだと同時に帰ってしまうこと。実は、夕陽は沈んでから、空の色が刻一刻と変わる様子が、とても美しいのです。 日が沈んで30分から1時間くらいが、空の色の変化が美しい時間。日が沈んでしまうと、とたんに周囲が暗くなったように感じますが、これは暗さに目が慣れるまでの一瞬です。しばらくすると目が慣れてくるので、色の変化をきちんと見ることができます。 さらに周囲が暗くなるので、色がより際立って見えてきます。 冬至の日の夕陽は、地球規模で見ると、ちょうどアフリカ・マダガスカル島の正午の太陽を見つめているような状態になります。 目の前の真冬の太陽が、地球の反対側にある熱帯アフリカの空高く輝いている、と思うと、地球の大きさを感じることができます。 景色を美しく撮影するには 撮影するときは、ひたすら「待つ」という姿勢が大切です。水筒に好きな本など持っていき、ゆったりした気持で待つのが雲の観察にはぴったりです。ちなみに私は、ベンチに寝転がり、目覚ましをかけて30分ごとに起きては空の変化を見、何もなければまた寝転がる、というスタンスでいます。一日中公園にいるつもりで、何も予定を入れない日にのんびり行くのがよいです。 撮影は道具の使い分けも必要です。例えば望遠レンズを使うとか、どう風景を切り取るか、によってだいぶ違います。写真は職人技と同じです。道具をうまく状況によって使い分けてほしいですね。 わずか10種類の雲の名前 日本は地形が複雑で、発生する雲の種類も千差万別。ところが雲の状態を示す雲を分類する基準※3はわずか10種類です。日本で見られるありとあらゆる雲は、この10種類の中に全て分類されますが、分類はかなり困難です。例えば夏に空高く見られる入道雲と、真冬に日本海側を豪雪地帯に変える雪雲も、分類上は同じ積雲や積乱雲になります。 ※3 気象学による雲の10分類 巻雲(けんうん)、巻積雲(けんせきうん)、巻層雲(けんそううん) 高積雲(こうせきうん)、高層雲(こうそううん)、 乱層雲(らんそううん) 層積雲(そうせきうん)、層雲(そううん) 積雲(せきうん)、積乱雲(せきらんうん) 詳しくは、高橋さんの著作「空の名前」をごらんください。 雲の大名行列を見逃さず、明日、明後日の空を読む 天気の変化はいきなりではなく、必ず予兆があります。それは空に見られる雲の状態によって予測することができます。雲は、雨雲から遠い順に、次のように並んでいます。 筋雲(すじくも)→いわし雲→うす雲→ひつじ雲→雨雲 例えるなら「雲の大名行列」。最後にやってくる大名(=雨雲)より前に、これだけの雲がやってきます。低気圧の規模によって、この列の長さは変わりますが、要は、そらにどの雲が出ているかによって、雨雲がどれだけ近づいているか予測できる、ということです。 天気は、離れた都市の空の様子からも予測できます。例えば東京が晴れているとき、名古屋では曇り、福岡で雨、という天気だったとします。低気圧に伴ってできる雲域(くもいき)は東西が500kmないし1000km位ですので、東京では翌日くらいに曇りになり、翌々日以降雨になる、というふうになります。また上海など大陸の天気をも視野に入れれば、もっと未来の天気を予測することもできるでしょう。 地方によっては「あの山に雲がかかれば雨」など、昔からの経験則で言い伝えられていることもあります。そういうことにも心かけて欲しいものです。 自分から自然に近づくという姿勢を忘れずに よく「最近、自然の営みが感じられない」という声を耳にしますが、空を見上げれば雲の形は刻一刻と変化している、それこそ、自然の変化はそこに存在している、という証拠です。要はそれを見ようとする気持ちがあるかどうか。自然からのメッセージは絶えることはありません。 それに気づき、受け止めようとする姿勢が大切なのです。 例えばバスを待っているとき、時間がなくてイライラする前に、歩道の横にある花や雑草に気がつくこと。そこにも自然からのメッセージが届いています。 写真提供:高橋健司氏 インタビュー後記 応じてくださる側にもかかわらず、自らインタビュー場所へいらしてくださった高橋さん。約1時間半にわたる長い時間、とても興味深いお話をたっぷり聞かせてくださいました。 「雲は風が吹くと形を変え、太陽の光でその色を変えます。風で変わるから「風景」、光で変わるから「光景」と呼ぶのです」。静かな語り口調の中に、自然への深く熱い愛情が感じられる、とても魅力的な方でした。 高橋健司さん 1946年京都府宇治市生まれ。 1965年より財団法人日本気象協会勤務。1996年同財団を退き、現在有限会社空色通信代表。社団法人日本写真家協会会員。日本自然科学写真協会会員。 「空の名前」 (表紙写真) 角川書店 2,625円 >>こちらから購入できます。 取材・文責:実行委員会 18:00, Thursday, Aug 25, 2005 ¦ 固定リンク