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慎太郎フォト&エスキース

石原慎太郎氏は政治、文学、アートなど一般の方がメディアで知ることが出来る分野以外でも、
数多くの隠れた、知られざる才能を発揮しています。
このサイトでは石原氏の素顔に触れることができる、様々なインサイドストーリーを連載でお伝えします。
第三話 「テニス」
第二話 「ダイビング」
第一話 「カラオケ」
第三話 「テニス」
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スリーハンドレッドゴルフクラブにて

ヨットレースと共に慎太郎が好きなスポーツはテニスです。
慎太郎はテニスを有力な健康保持法と認識していますから、今でもテニスコートには欠かさず通います。
大田区の自宅近くでプレイしていた多摩川園ラケットクラブ(東急電鉄)が閉鎖されましたので、もっぱら、麻布の東京ローンテニスクラブで汗を流します。

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左より宏高さん、慎太郎さん、伸晃さん、典子夫人、良純さん


桜の頃、紅葉の頃などは、家族と共に茅ヶ崎のスリーハンドレッドゴルフ場に併設された芝生のテニスコートで楽しみます。
このコートは東急電鉄の五島昇さんと慎太郎との交友から生まれたものですが、プレイする人が少なく、もっぱらソニーの盛田昭夫さんと慎太郎の専用になっていました。
現在では慎太郎のみになりましたから、2面あったコートは1面となっています。

慎太郎のテニスの歴史は50年を超えますが、若い頃にオレアンダースという私的なチームを結成していたことは知られていません。
慎太郎が会長となり、山陽国策パルプ(当時)の寮(葉山の一色)に併設されたコートが基地でした。

このチームは鎌倉ローンテニスクラブの現会長を務める福井淳之助さん、成城大学テニス部のキャプテンになった三上昌さん、鎌倉シーサイドテニスクラブで現在コーチを務める澤田誠さんなどを擁し、ローカルテニス大会で活躍したそうです。
メンバーは慎太郎デザインの赤いワッペンをあちこちに付けて転戦したそうですが、残念ながらこのワッペンはどこにも残っていません。
慎太郎は鎌倉駅裏の「鎌倉ローンテニスクラブ」(現在は深沢に近い笛田地区)にも所属していましたから、腕前はかなりのものでした。
鎌倉ローンテニスクラブはデビスカップの代表選手である山岸二郎氏、成一氏兄弟、熊谷一弥氏、安部民雄氏、柏尾誠一郎氏など、多くの有力選手が会員であった日本一の強豪クラブでした。

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オレアンダースのワッペンをつけた赤いセーターの慎太郎、慎太郎の隣、赤いセーターが福井淳之助さん、その上が福井夫人

オレアンダース
テニスチームの名前であるオレアンダースはコート脇の植えられていた夾竹桃(きょうちくとう)の英語名「oleander」です。夏季には赤い花が大きく、広く、高く咲き続けます(白色もありますが)。

太陽の象徴である赤色の好きな慎太郎がその迫力ある激しさに惹かれたものでしょう。
夾竹桃は猛毒でも知られています。花や樹液で牛や人間が死亡することもありますが、慎太郎はチーム名をつけるにあたり、この猛毒性を理解していたとも考えられます。原産地のインドや韓国では夾竹桃の樹液をタバコなど農産物の害虫を駆除するのにも使用します。
その毒が害虫の生殖能力を破壊するからといわれますが、慎太郎はそのことを熟知して、その破壊力に魅力を感じたのかもしれません。
テニスコートが閉鎖された後は、その夾竹桃と、同じくチームにとって懐かしい「はまゆう」が葉山の福井淳之助邸に移植され、現在でも咲き続けています(OS記)。


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現在も福井淳之助邸で咲き続けるオレアンダー(キョウチクトウ)左とハマユウ

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オレアンダースのコートにて。左より石原典子夫人、福井淳之助さん、石原慎太郎さん、福井ふさ子夫人
10:47, Thursday, Oct 13, 2005 ¦ 固定リンク


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