逗子の真ん中を、海に向かって流れる「田越川」。
かつては子どもたちの格好の遊び場。慎太郎・裕次郎兄弟もボードを浮かべ、海へ飛び出していきました。
河岸がコンクリートで固められ昔とすっかり姿を変えましたが、子どもたちのにぎやかな声が、昨年から帰ってきました。それが「ペットボトルエコいかだコンテスト」です。

「ペットボトルエコいかだコンテスト」はHUG・逗子市環境会議・NPO海岸倶楽部の共催によるイベント。田越川中流の下田橋から逗子湾河口口までの約3KMを、手作りのペットボトルいかだやボードに乗って下ります。
楽しみ参加しながら河川の環境・美化やごみリサイクル問題を考えるイベントとして、昨年に続き2回目となる今年は、7月18日・海の日に開催されました。
13:55、出航!
スタート地点・下田橋に集まった参加者は、
昨年から倍増の約100人。
人が溢れかえる中での開会式では、環境会議菊池さんから「川から見る風景を楽しんでください」という一言が。スタートします!の声に川へと駆け出していく子どもたちは、おそろいのコスチュームでキメていました。

池子小学校チーム 阿山先生
「今回HUGさんの呼びかけを受け、授業にも取り入れつつ参加しました。作ったいかだに使用したペットボトルを、今後どのようにしていくか子供たちと考えたいですね。もうアイデアを出しあっていて、植木鉢にして花を植えようか、とか話しています。おそろいのバンダナは、理科の授業で、玉ねぎの皮を使って染めたものです。普通ならすぐ廃棄してしまう皮を染料として利用する、これもまたエコ的発想といえますよね。」
あそび発信基地チーム 潮村さん
「昨年に続く参加ですが、子どもたちは今年も絶対やりたい!と本当に意欲的で。子どもたちの意欲に大人も巻き込まれながら、一緒に楽しんでいます。自然の中で遊ぶときは、大人も子どもも関係なく同じようにがんばりますね。近所の川を下る、ということにも大きな意義を感じます。今やっている子どもたちが大きくなり、後輩たちにいかだの乗り方などを教えるリーダーになっていけば、来年も再来年も続いていくと思います」
いつも見ている川なのに、知らない世界がそこにあった。
環境会議 雨宮さん
「水面に降りることで、普段見下すのでは発見できない水の中の様子がよく分かります。
例えば川の中に岩礁をみつけたり、魚が泳いでいるのが見えたり。自然の中にはこんなことがあるんだ、という気づきにつながります。
環境問題とはいえ、やはり楽しむことが大切。子どもたちがスタート地点からいっせいに漕ぎ出していく様はとても勇壮で、見ているほうも楽しかった。」
がんばれ、お父さん!

河口に近づくと、潮が逆流してきていかだはスピードダウン。
深さが増し、周りには係留ボートがひしめく危険なゾーンです。
疲れ始めた子どもたちの漕ぐペースが落ちる中、必死でいかだを引っ張るのは、お父さんでした。
逗子小学校チーム 十川さん
「家族の協力が本当に大きいです。おそろいの帽子のドクロマークは、お父さんが一生懸命作ってきてくれた。
Tシャツにつけたカラーテープの縞模様は、お母さんのアイデア。同じものを着ることで、一丸となる気持を盛り上げることができました。
参加した艇の一部は「ファミリー艇」として、兄弟やおじいちゃん、おばあちゃんなど家族で乗れるようにもしました。
お父さんが立ち泳ぎをしながら、なかなか進まないいかだを必死に押している姿など、普段は見ることのない父親の新たな一面を、子どもたちは知ることができたのではないでしょうか。」
15:35、最後の一艇ゴール!…いつか大海原へと漕ぎ出そう。
途中で壊れながらもなんとか最後の一艇が河口にたどり着いたのは、出航から実に1時間40分後。疲れているかと思いきや、子どもたちは元気、元気!「泳ぎたい…」と波打ち際へ走っていきました。
逗子海岸で表彰式を行い、全部のチームに賞が授与されました。最後にいかだを解体したチームは、きちんとごみを分別し、持ち帰りました。
HUG鈴木さん談
「このイベントのこだわりは、逗子の一番良好な自然を子どもたちが肌で感じ取れるということ。子どもたちが試行錯誤し作ったいかだは、こちらの想像以上の充実ぶりでした。
監視艇で一番後ろから様子を見ていたが、いかだが壊れたり進まなくても、とにかくみんなが笑って楽しそうにしていることが一番よかった。今回の盛り上がりをきっかけに、市民の環境に対する意識が子ども世代から変わっていけばいいと思う。
子どもたちが後々のまちづくりのベースになっていけばいいし、まちづくりへのアプローチの仕方のひとつとして、この川下りがあるのだと思う。
今大変なのは、実動スタッフが少ないこと。将来、今日参加した子どもたちが大きくなり、スタッフとして一緒にがんばっていけたら嬉しいですね。今年は河口までしか行けなかったけど、いつか子どもたちと海へ出て、沖から自分たちのまち・逗子を眺めたい…それが、今後の抱負です。」
取材・文責:実行委員会
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11:16, Tuesday, Aug 09, 2005 ¦ 固定リンク
| 第一話 長島一由さん(逗子市長) 逗子の海のいまを語る |
逗子の海のいまを語る
「逗子シーサイドアクティビティ」
ヨット、水上スキー、ボート・・・
逗子で生まれた太陽族たちは、
その多くが海に魅せられ、
海で過ごすことに夢中になりました。
今でも逗子では
海辺のアクティビティがとても盛ん。
特に、週末のたびに逗子湾をところ狭しと
行き来するウィンドサーフィンの姿は、
逗子の海を象徴する風景の一つになっています。
そこで、自ら世界大会3位の実績を持つ
ウィンドサーファーであり、
逗子の海を愛する一人でもある
長島一由さん(現・逗子市長)に、
海に対する思いや文学碑設置までの秘話などを
綴っていただきました。

疾走する、色とりどりのセイルの群れ。
逗子はまさに‘ウィンドサーフィンのメッカ’。
潮の香りが絶えない逗子のまち。私自身、
20年間続けているウインドサーフィンが
縁で湘南に住み、その結果として今の仕事を続けていますが、
「太陽の季節文学碑」の建立が予定されている逗子海岸は、
色とりどりのセイルが年中絶えない
ウインドサーフィンのメッカでもあります。

「石原慎太郎です。応援するよ―。」
一本の電話から始まった、出会い。
「石原慎太郎です。応援するよ、一緒に国とけんかしよう!」、
98年に逗子市長に当選した翌日、
石原慎太郎さんからの電話での第一声でした。
その4ヶ月後には、一旦は政治の世界から退いた石原さんが
再び東京都知事として桧舞台に立ちました。
石原さんは東京都知事になってからは、逗子中心の生活から東京に軸足を移したものの、
折りに触れ「逗子駅前の渋滞を何とかしろよ、
俺が専門家を派遣してやるから」などと激を飛ばされたり、一方では逗子市制記念50周年イベントでは記念講演をしていただくなど、
幼少期から故・石原裕次郎さんと過ごした逗子市のことを常に気にかけてくれていました。
そんな石原慎太郎さんを東京都知事という存在以上に、一夏に約300万人が逗子海岸に詰め掛けた頃を懐かしむ逗子の人たちの心を捉えて離さないのは、
小説『太陽の季節』で芥川賞を受賞し、
逗子や葉山など湘南発の太陽族ブームの火付け役となった天才作家としての石原慎太郎さんという存在です。
逗子の市長をしていく中で、そのことを日頃から肌で感じてきました。
逗子の海に、新しいモニュメントを!
多くの方の協力を得て今、新たな太陽が生まれる。

そういう状況を踏まえて「ぜひ、太陽の季節の文学碑を逗子海岸に」という話が
持ち上がりました。
地元の新宿町内会や経済界の人たちが集まって、
ひろく協力をよびかけよう、ということになったのです。
こうした皆さんが「みんなの手で作ろう」と設立にむけて
先頭に立ち尽力していただいていることは、
石原さんに対する地元の人たちの敬愛の念と感謝の気持ちの
表われだと思います。
海のそばに暮らす―。その喜びを存分に享受できるまち・逗子に、
この秋誕生する文学碑が、
新たな呼び水になることを心から期待しています。
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10:21, Thursday, Jul 14, 2005 ¦ 固定リンク
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