ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)
第四十七話:歴史に踊らされるな:脚色されない正史はない
2015/06/25
古今東西を問わず、「脚色されない正史はない」と言われるように、歴史に完璧性を求めることは
略不可能なことと思っていた方が良さそうです。
我が国の歴史を紐解くにしても、「記紀」をはじめ、「平家物語」にせよ「源平盛衰記」にせよ、
或いは又、「太閤記」であれ、「徳川実紀」であれ、時の体制側が表そうが、
後世の史家や文筆家が幾多の資料に基づいて史実に迫ろうと努力しようが、
興味本位の物語であっても、所詮正邪・善悪・真偽に編者の視座が見え隠れするのは、
不可避の現象ではないでしょうか。幕末史においても、討幕派から見るか、佐幕の側に立つかで、
観点はかなり入れ替わってしまいます。
 
国内でさえもこんな具合ですから、外国が絡むと、それこそ180度の食い違い、
すなわち正邪の逆転が起こり得るのは、自明の理と言うものでしょう。
因みに米国の命名による「太平洋戦争史」の場合ですと、GHQが主導した、
軍国日本悪玉論と、アジアへの白人植民地侵略の排除と人種平等の実現を目指した自衛戦で
あったとする我が国命名の「大東亜戦争史」では、勝敗は別としても、
戦争目的の是非論は反転します。
特に、ここ20年来、中国と韓国が米国議会や国連まで巻き込んで、我が国に仕掛けてきた
歴史戦に関しては、余りにも一方的な「プロパガンダ」が過激すぎ、
このまま見過ごす訳にはゆきません。
中韓両国による恣意的な捏造史の罠に嵌められないためには、出来る限り彼我の史実を探りつつ、
相手国に対するのみならず、広く世界の良識人派に向かって反論を展開すべきだと考えます。
 
最初に指摘しておきたいのは、現在の中華人民共和国も大韓民国も、
太平洋戦争の勝者(連合国メンバー)ではありませんでした。
アメリカの支援の下、日本と戦って、ほんの短期間だけ勝ち馬に乗ったのは
蒋介石の国民党であったし、大戦後のドサクサに乗じて国共内戦で勝ち残った
毛沢東共産党国家が成立したのは1949年のことだったのです。
また、朝鮮半島に関しても、1910年に大韓帝国を日本が併合し国号を朝鮮国としたので、
第二次大戦中は日本軍として連合国を相手に共闘した訳で、日本の敗戦で解放されても、
南は米、北はソ連による分断統治を経て、大韓民国と朝鮮民主主義共和国が
それぞれ独立したのは1948年のことでした。
 
又、国連加盟に関しても、日本は1956年に加盟が承認されたのに対し、
中国は1971年、韓国は1991年になってやっと加盟が叶ったのでした。
従って、これらの隣国が、日本人の自虐史観に付け込んで、
あたかも戦勝国であるかのごとく振る舞い、国連においても、日本の風上に立ち、
居丈高な態度を繰り返すのは、とても耐えがたい現実です。
ここは、日本人の“言挙げしない”と言う美風は同じ日本人同士にしか通用しないと自覚して、
両隣国や他国の史実には無知蒙昧なる国連や欧米メディア等に対し、
検証された史実に関しては胸を張って強弁すべきだと考える次第です。
 
まずは、中国の歴史観の独善性とその形振り構わぬ押し付けは、おそらく中国の
「易姓革命思想」を継承してきた民族性にあるようです。
歴代王朝が編纂する“正史“なる史書は、新王朝が、”なぜ旧王朝にとってかわったのか“と言った
”自らの正当性“を書き記した”創作“であって、
内政・外交上の必要性を反映した捏造史にすぎないのです。
そもそも、大東亜戦争の発端となったのは、1937年勃発の日華事変
(宣戦布告もなかった戦いなので、日本側からは”事変“と呼称しますが、中国側からは
抗日戦争と呼んでいます。)とされますが、それは当時の中国が国家の体をなさぬ
内乱状態にあり、南京の汪兆銘派国民党が日本の支援を仰ぎ、重慶の蒋介石派国民党が
米英の支援を求め、そして延安の毛沢東共産党がソ連の後押しを受けた三つ巴の内戦だったことに
由来した訳です。
戦中は国民党が抗日の主役で、単に脇役にすぎなかった共産党は大戦後に天下を取るや否や、
「抗日戦争8年の勝者」を自称し、恰も共産党が中国人民を指導し、
勝利した解放戦争であったと捏造史を創作したのです。
 
つまり、歴史を巨視的に見るならば、モンゴル民族の支配を受けた元も、
満州族の支配となった清も中華思想の漢民族からすれば外来の救世主であり、
日清戦争といえども日本の相手は北洋大臣李鴻章軍兵であったし、満州事変の相手は
張学良軍閥であった訳で、その後の日華事変も主として蒋介石国民党でしたから、
この時代を通じていずれも中華国民軍とは言えず、少なくとも近代国家間の国対国の
戦争と言える代物ではなかったのです。
このような内戦状態の続く分裂中国でしたから、英仏独やポルトガル等の介入、占拠、植民地化が
生じていた訳で、なぜ日本だけが侵略の汚名を着せられてしまったのか、
それは多分、列国の内で唯一、我が国の村山元首相が“言わずもがな”の「侵略」を口にし、
土下座外交をしでかしたことに由来するとしか、考えられません。
 
真の“侵略国”とは、目下南沙諸島でフィリピン領海を、西沙諸島でベトナム領海を
侵犯している現中国のことであって、新疆ウイグルやチベット簒奪を含む陸の侵犯も含めて
全て国際法違反であり、侵略の汚名を着せられるべきは中国自身ではないでしょうか。
そうした自らの非は一切顧みず、
もっぱら反日・排日の罠は宣伝・広報・デモ・教育・文化・軍事・外交活動とあらゆる局面を
通じて止むところを知りません。
南京事件のでっち上げなど、その最たる例で史実の裏付けなき虚妄です。
 
アジアで最初に開国・近代化の必要性に目覚め、西欧の政治・経済・金融・法学・科学・
工学・技術・教育・軍事・国防を習得し、いち早く富国強兵を成し遂げた日本を手本とすべく、
19世紀末から20世紀初期にかけて、日本へ渡った清国の若いエリート留学生は
通算3万人にも及んだと言われ、彼ら帰国者たちが弱体・腐敗体質を改革すべく
1300年続いた科挙制度を廃止し、近代改革に着手し始めたことは、
中国史の一大局面であるはずですが、今日の政治指導者も学識者の誰もが、
口を閉ざして語ろうとはしません。
北京大学の設営も、日本人教官の派遣、多大なる貢献を抜きには語れないそうです。
 
しかしながら、ある調査資料によると、現代中国語の大凡半分が、日本人が
漢字・漢塾語に翻訳した西欧発の近代文明・文化・学術用語だそうですから、
そのインパクトがいかに大きかったかが分かりますし、一説によると、
日本が古代中国から習得した古文化より、近代日本から中国が学んだ新文化の方が、
質量ともに遥かに大きく深いものがあったとされております。
因みに「中華人民共和国」と言う7文字の内、中華二文字のみが元来の漢語で、
残りの二語五文字は日本語がそのまま中国語に転じたものです。
 
大戦後の毛沢東独裁支配は国内政治闘争に明け暮れ、近代化途上にあった中国を
再び貧困国に貶めてしまいました。
それを立て直す切っ掛けを与えたのが、鄧小平の「師法東洋」戦略で、
そのモデル・支援者となったのは、再び隣国の日本でした。
当時の我が国は、戦後復興から経済成長路線真っ只中で、お金も技術もある、
最適のモデルだったのです。
日本のODA援助が中国のインフラ整備を進め、企業の進出が資金と技術を齎し
経済成長の起爆剤となりました。
その後、日本の映画・テレビ・アニメなどが中国国民に近代的ライフスタイルを教えるなど、
多方面において、影響を与えたことが、現中国の成果に繋がっているのも事実です。
つまり、ここ百年間の中国近代化・現代化に深く関与してきたのは日本であったにも拘らず、
日本の貢献や好影響を一切評価せず、一方的に太平洋戦争の戦敗国日本を断罪し続ける
中国の唯我独尊をオメオメ受容する訳には参りません。
 
明治日本の安保にとっての朝鮮半島はロシアや清の優越的支配を許すことの出来ない生命線でした。
日清戦争は、朝鮮を清の属領から引きはがし、その独立自主を確立させたものであり、
日露戦争とは、満州を南下して朝鮮半島を脅かすロシアに挑んだ戦争でした。
骨肉相食む帝国主義の時代、特に西欧列強が東アジア進出を目論む危機にあって、
幾多の経緯を経ての韓国併合は、日英同盟の承認と、米国のフィリピン領有と
日本の韓国支配権を相互協定したもので、国際法通念からも、
当時としては妥当な路線とされたものでした。併合によって韓国の近代化は急速に前進し、
インフラ整備と経済発展、教育制度確立と知育レベルの向上、医療衛生の向上による
生活レベルの改善などが達成されたのでした。
 
戦後の韓国独立後に関しても、1965年の日韓基本条約によって、
日本統治時代の膨大な物的制度的人的インフラ放棄と無償資金と低利借款供与を合わせ、
当時の韓国国家予算の二年分を上回るほど巨額の資金や工業技術指導協力を通じて、
「韓江の奇跡」が可能となり、新興産業国家として急進を遂げ先進国の仲間入りが
できるようになったのです。
しかるに、小中華主義と事大主義の亡霊に付きまとわれるこの国は、中国にならって、
反日・排日の狼煙を上げ続け、慰安婦問題と言った捏造史を訴求し、歴史清算を我が国に
突き付けているのです。
 
いずれにせよ、まともな近代史を持たないと言うか、持ちたくないと言うのか、
中韓二か国は、大人の外交が通用しない偏屈国家だと断じざるを得ません。
これまで、彼らの虚妄の捏造史の片棒を担ぐとか見逃してきた自虐的日本人、
愛国心欠如で史実に蒙昧な日本人に代わって、これからは、良識派日本人が
世界へ向かって“堂々と史実を言挙げする”歴史戦に挑戦することが急務です。
多くの皆々様のご理解を切望する次第です。
 
 
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