11月1日のネイチャー誌(電子版)に発表された論文によると、実験はこれまでに3年近く経過していますが、半年で顕著な傾向が現れたそうです。
実験では肥満など中高年にありがちな要素を持つ中年のマウス(一才)を三つのグループに分けて、二つのグループには高カロリー食を投与、残りのグループには低カロリー食を投与しています。
このうち、レスベラトロル(resveratrol)を投与したグループは現在のところ過剰なカロリー摂取にも関わらず健康な長寿が得られています。また低カロリー食を投与しているグループは健康ですが、レスベラトロール無しで過剰なカロリーを摂取したグループの大部分は3年未満で肥満と肝臓肥大で死んでしまったそうです。

1.食べても太らない、ワインのレスベラトロール
熟成を終えたワインや、ノベッロ(イタリー)、ヌーボー(フランス)など新しい赤ワインの発売時期を迎え、赤ワインに含まれるレスベラトロル(ポリフェノールの一種)がタイムリーな話題となっています。
2003年にこのコラム(ボジョレーヌボーで寿命が延びる?2003/11/28)ではレスベラトロルを長寿のポリフェノールとして取り上げましたが、今回の話題はレスベラトロールが、糖質を分解する細胞内のミトコンドリアを増やし、高カロリー摂食の場合でも肥満などの生活習慣病の原因を防ぐことができるというものです。
2.欧米行政当局が全力をあげるレスベラトロールの研究
レスベラトロールは米国の政府機関や全米の生活習慣病関連の研究所が最も期待する物質のひとつです。レスベラトロールを摂食することにより、炭水化物や糖分の代謝に関わる細胞内のミトコンドリアが増量するということも判明していますが、この成果は健康増進と病気の予防に多くの可能性を持ちます。これまでの成果は動物実験によるものが大部分ですが、経口吸収が可能になるメカニズムが解決すれば、人類にも有効なことが解明しているようです。
今回の研究は国立老化研究所(the National Institute on Aging)(NIA)が中心ですが、この研究は上部機関である米国国立衛生研究所(NIH)を始め、先駆者であるシンクレアー教授のハーバード大学医学部、ジョーンズホプキンス大学、 ペニントン・バイオメディカル研究所、ソーク研究所、ハーバード大学が創設したサートリス製薬会社(Sirtris Pharmaceuticals)(サーチュイン関連医薬品開発)などがスポンサーとなって研究者を派遣しています。
国立医科学研究所、国立糖尿病・消化器官・腎臓病研究所(the National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases)、全米心臓基金(the American Heart Foundation)、全米糖尿病協会(the American Diabetes Association)、エリソン医学研究基金(the Ellison Medical Research Foundation)、ポール・グレン研究所(老化科学)、オーストラリア政府、スペイン政府もスポンサーとなっていますから話題性充分なビッグプロジェクトです。
3.レスベラトロールと高カロリーダイエットの研究
実験内容の論文は米国、国立老化研究所の新進気鋭の学者、ケヴィン・ピアーソン(Kevin Joseph Pearson, Ph.D)によるものです。ピアーソンは老化、代謝、栄養、心臓科学の専門家ですが、ハーバード大学のシンクレアー教授らの研究等を基盤に実験を進めました。ネイチャー誌に発表された論文は「レスベラトロールは健康状態を改善し、高カロリーを摂食しているマウスの寿命を延ばす」(Resveratrol improves health and increases survival of mice on a high-calorie diet)というものです。
肥満、心臓血管病、糖尿病、癌などを誘発する高カロリー食は、米国民の健康維持に最大の障害です。レスベラトロールは細胞内の長寿に関する酵素(サーチュイン)を活性化することが知られていますが、サーチュインは飢餓により活性化します。簡単に言えば栄養を摂取しなければサーチュインは活性化します。しかしながら低カロリーダイエット(caloric restriction)(CR)は米国人には苦手で、なかなか実行できません。先進国の国民に共通する悩みです。
4.ケヴィン・ピアーソンの実験方法
今回の論文がユニークなのは実験の切り口です。
低カロリー・ダイエット(caloric restriction)は万病を予防し、癌などの進行を抑えることが知られていますが、米国人は節食が苦手である、という前提で実験を組み立てています。
ヒントはフレンチパラドクス(French Paradox)です。フレンチパラドクスはフランス人がバター、肉脂など飽和脂肪酸を多食しているにも関わらず、赤ワインを多飲することで心臓血管病が少なく、高血圧、高脂血も少ないことを揶揄した言葉です。
ヨーロッパ各地の生産者が楽しむ新しい赤ワインは、長い冬を迎える人々を、数々の病気から守る、必要不可欠な生薬でした。
赤ワインの成分といえば、ワインポリフェノールと通称されるアントシアニン、カテキンやサポニンが有名ですが、ワイン・ポリフェノールのなかでもレスベラトロールが重要な成分だということが立証されてきたわけです。
5.レスベラトロル(レスペラトロール)とは
(resveratrol)trans-3,5,4'-trihydroxystilbene、C14H12O3
レスヴェラトロルはカビなどの病害を防御するファイトアレキシン(phytoalexin)で、合成エストロゲン(synthetic estrogen)に近い分子構造を持つポリフェノール類です(diethylstilbestrol)。総称してレスベラトロルとよばれますが、レスベラトロルには炭素結合の位置が異なるトランス型、シス型などとともに、糖が付着したもの(アグリコン)などいくつかのタイプがあり、トランス型が最も安定した成分として知られています。
クワの実(mulberries) やピーナッツを始め、イタドリなど70種類くらいの植物から分析されていますが、身近な食品ではぶどうに最も多く含有します。種類にもよりますが、ぶどうのレスベラトロルには安定したトランス型が多いことが知られています。ある比較分析では、ピーナッツがオンスあたり73 μgに対し、赤ワインからはオンスあたり160 μg 分析されました。ブドウも品種、産地、収穫年などによって、含有量は著しく相違しますが、日照りや病虫害など大きなストレスに見舞われた年は、植物の防御機能(phytoalexin)が働き、レスヴェラトロルが特別に増加するといわれています。世界の各地で幅広く果実、野菜類に発生する灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)を付着させた実験ではレスベラトロルが大幅に増加したそうです。
レスヴェラトロルの含有量はぶどうの種類により大きく異なりますが、バーガンディー、ナパ、チリ、オーストラリアなどぶどう栽培の適地では含有量が比較的少ないといわれています。
日本などブドウ栽培に苦労している地域のワインに豊富に含まれるという逆説が成り立つともいえます。
レスヴェラトロルは醸造過程(fermentation)で安定するといわれますが、空気、熱、日光により消滅しやすく、時が経過したワインやブドウジュースなどの含有量は多くありません。酸素を遮断したボトリング(合成樹脂栓、アルミキャップなど)が保全に有効といわれます。
6.ワイン・ポリフェノールの研究
ワインには豊富なポリフェノール類が含まれます。糖尿病、心臓血管病、癌など難病の予防や治療に期待される有力な物質が数々存在するために、世界中でその機能、抽出法、投与法が研究されています。
ワイン・ポリフェノール類の中でも研究が進んでいるのは抗酸化作用が強いカテキン(catechin)、アントシアニン(anthocyanidin)、フラバノール(フラボノイド類)のケルセチン(quercetin)とその配糖体のルチン(rutin)などでした。
最近になり植物が身を守るファイトアレキシン(phytoalexin)効果を持つポリフェノールのスチルベン・グループ(stilbene)の研究が進んできました。今回発表されたレスベラトロルの研究もその一環です。トランス型、シス型のレスベラトロール類、レスベラトロール配糖体のピセイド類(piceid)、炎症治療などに有効なヴィニフェリン類(viniferin)などがスチルベン・グループに含まれ、各々いくつかのタイプが分析されています。
ヴィニフェリンは美容効果を期待されて、化粧品に配合されたりもしますが、詳しい美容機能の報告は知られていません。
7.レスべラトロルと長寿効果の研究(以下の項は重複する部分があります)
カナダにバイオモル研究所(Biomol Research Laboratories Inc.)という会社があります。ドレクセル大学(Drexel University) の研究者であったイラ・タッファー(Ira Taffer)、ロバート・ジプキン(Robert Zipkin)、コンラッド・ホーウィッツ(Konrad T. Howitz)らが設立した会社ですが、ジョン・ホプキンス大学(Johns Hopkins University, Baltimore.)のイースト酵母研究家(yeast geneticist)であるジェフ・ボーク(Jef Boeke)らと共に、レスべラトロルが生物細胞の寿命を延ばし、死のメカニズムに関連する物質であることを実験結果で立証しました。彼らの研究は老化防止のスペシャリストであるハーバード大学(Harvard University)のデーヴィッド・シンクレアー博士(David Sinclair)と提携して続けられ、人間の細胞と同様な構造を持つイースト細胞(Saccharomyces cerevisiae)の寿命(the life span of yeast cells)がレスべラトロルによって70-80%も延長することを発見しました。
研究によれば、理論的には人類は平均160歳まで生存でき、アルツハイマー(Alzheimer's)などの予防も可能だそうです。研究は2003.9月のネイチャー誌(the journal Nature)に発表され、注目されました。
8.レスベラトロルが活性化させるサーチュイン(sirtuins)ファミリーのSir2
シンクレアー博士とバイオモル社のホーウィッツ博士は、細胞内で活性化すると、その寿命を延ばすことが出来る酵素を同定し、その酵素をサーチュイン(サートゥインス)(sirtuins)と名付けました。サーチュイン(sirtuins)にはいくつかのタイプがありますが(サーチュイン・ファミリー、4種類が報告されている)、その一つのSir2は飢餓させると(カロリー補給が無い)活性化することが知られています(低カロリーダイエットの理論)。サーチュインのSir2はほとんどの生物細胞に含まれるNAD+依存性タンパク質脱アセチル化酵素(NAD+-dependent deacetylases)です。
*NAD:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide)。
最近になって、博士らは、Sir2を活性化させる成分が、レスべラトロルにあることを確認しています。
サーチュインの研究ではジョン・ホプキンス大学のジェフ・ボーク(Jef Boeke)とウィスコンシン大学(University of Wisconsin)等が、Sir2が飢餓により活性化して、生物細胞のライフスパンを延長させるメカニズムを解析しています。(Science. 2002.12.20に掲載)なおバイオモル社の研究ではSir1をSir2と同等に扱っています。
9.サーチュインが活性化する酵素のテロメラーゼ(Telomerase)
人体は60億個もの細胞で形成されて、毎日新陳代謝を繰り返していますが、細胞の寿命を決定するのは、染色体に繋がる紐状のテロメア(telomere)だと考えられています。細胞分裂毎にテロメアは短くなり、テロメアが無くなると細胞の寿命が尽きます。通常、50−60回の細胞分裂で寿命が尽きますが、テロメアを短縮させる酵素の働きを抑えることで寿命を延ばすことができます。この老化酵素を制御する酵素はテロメラーゼ(Telomerase) と呼ばれますが、それを活性化する物質がサーチュインです。
1999年ごろより、実験の場では短縮を30%以上抑えることに成功しているといわれます。
テロメア、テロメラーゼの仕組みはカリフォルニア大学(サンフランシスコ校)のエリザベス・ブラックバーン博士らによって解明されました。このテロメア周辺の染色体構造の仕組みを明らかにする研究は各地で進行中であり、染色体凝縮(短縮)の酵素反応にサーチュインのSir2が重要な関連を持つことが判ってきています。
10.レスべラトロルとタデ科の和漢薬
欧米では抗がんや長寿(老化防止)にタデ科(Polygonaceae)の生薬である虎杖根(コジョウコン)の研究が進んでいます。タデ科の生薬はアントラキノン類を豊富に含有し、伝統的には便通、利尿に使用されてきましたが、長寿に役立つことや、抗菌、抗炎症、抗腫瘍作用の成分を持つことも、古くから知られていました。90年代に入ってから、タデ科植物のこの成分が、レスヴェラトロールと同様な成分(3,5,4'-trihydroxystilbene)であることが解析されて、ワイン由来のレスベラトロルと共に米国の研究者が取り上げるようになりました。しかしながらブドウ由来のレスベラトロールほどの研究が進んでいないことと、活性や安全性について同様物質とはいえません。価格が安いこともあり、米国のサプリメントはタデ科植物由来のレスベラトロールを使用することが多いのですが、ぶどう由来のトランス・レスベラトロールとは安定度が異なり、またアントラキノンが混入すると肝臓障害や下痢を起こす問題がありますから注意が必要です。
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