王壮快のマーケッティング・コラム

ワインよもやま話:第五話 五一わいん


桔梗ヶ原のブドウ畑


信州、塩尻近郷は古くからりんごなど果樹栽培が盛んな地域で、現在でも、りんご、生食用ぶどうの巨峰など、観光農園がたくさんあります。
この地区は地域的に山梨県に近く、山梨県に立地するサントリーやメルシャンのワイン原料供給地域として、重要な役割を果たしてきました。
ワインに関しては信州ワインというよりは甲州ワインの産地といえるかもしれませんが、行政区分からいえば信州ワインであり、信州ではもっとも生産量が多い地域です。
この地域は、明治時代から各種のブドウ栽培を試してきたそうですが、結局、気候にマッチした、ワイン用、果汁用ブドウは、コンコード、ナイアガラ、デラウェアなどアメリカ種だったといいます。
当時は苦味や渋みのある欧州タイプが日本人に味が合わなかったために、その栽培への関心が薄かったかもしれません。

現在では、この地域は、独自ブランドワインの販売にも力をいれていますが、「五一わいん」「イヅツワイン」「信濃ワイン」「アルプスワイン」など、有力地ワインメーカーがいくつかあります。
しかしながら生産量が多いだけに、信州の他地域に較べ、地ワイン産地としての独自性は希薄です。
新しい品種栽培や純国産に、こだわるワイナリーがある反面、国内産と称する安価な輸入ブレンド物を首都圏のスーパーなどに販売するワイナリーもあり、地域全体の方向性が見えません(注1)
方向性を定めるのが難しくなっている日本のワイン産業の中で、この地域が、今後どのようなマーケッティングをしていくか。将来を予測する上で重要なモデルとして注目しています。

林農園

中信地区、桔梗ヶ原(注2)の中心地に、永らくサントリーの壽屋にワイン原料を納入していた林農園(株式会社林農園、林幹夫社長、長野県塩尻市大字宗賀1298-170、0263-52-0059)(創立1919年、大正8年)があります。林農園は、探究心旺盛で、この地域では積極的に将来の打開策を模索している会社です。 創立した林五一氏は桔梗ヶ原の先駆的開拓者といわれ、歴史を感じさせる工場の建屋と、庭の大きなクリの木が印象的な醸造所です。 ブドウは7ヘクタールの自社農場と地元の契約農家を中心に栽培し、生産総量は600キロリットル/年(720ミリリットル・ボトル換算で90万本)くらいです。大手の商社や、メーカーの取扱量から較べれば多いとはいえませんが、地ワインの製造業者としては多い方です。
創業者と醸造所のクリの木

林農園の戦略

林農園のワインは創業者の名前にちなみ「五一わいん」をブランド名にしています。 「五一わいん」は長野県の「つるや」をはじめ、首都圏のデパートの国産ワイン売り場では主役の一社ですが、欧州種ぶどうの国産ワインで定評があります。 草生栽培法(除草剤を使用しない)と称する有機栽培、ポット栽培(ポット内で最適土壌を作る鉢植え栽培)、スマート仕立て(風当たりの弱い方向に枝を伸ばす)など、新たな栽培法に挑戦を続けています。ワインには添加物(SO2)を使用しないシリーズも多く、全生産量の40%近くを占めるそうです。地ワインは産地全体として発展することが望ましいといわれる中で、どのような戦略を実施していくのか、期待されます。

「五一わいん」のシャルドネ

桔梗ヶ原の地ワインは、在来種である日本人向きのワイン品種が多いところですから、多数の品種を試飲しましたが、他産地との比較上、欧米種の中から白ワインのシャルドネ種に絞って、十分味わって見ました。 この地域のシャルドネ種に関しては「五一わいん」と「イヅツワイン」が代表的な醸造所でしょう。
試飲してみました。「イヅツワイン」(上)「五一わいん」(下)


「イヅツワイン」は「五一わいん」とは路線が異なり、在来の国産ブドウ品種によるワインを中心に据えていますが、
フランス種などもいくつか手がけています。
「五一わいん」では2002年のシャルドネ、「エステート・ゴイチ」(1,585円/720ml)
向かいに立地するイヅヅ・ワインでは2002年のシャルドネ、「果報」(1,270円/720ml)を購入し、10名くらいの愛好者と試飲しました。
シャルドネとしては、他の産地に較べて、低価格ラインですから、単純比較は出来ませんが、コストパフォーマンスには優れているという、全員の感想です。

イヅツの「果報」は若いというか、フルーティーというか、独特の風味であるのに対して、エステート・ゴイチは、オーク匂のあるフランス・バーガンディーのシャブリなどに近いという感想でした。
日本人の遺伝子は、欧米人に較べアルコールの分解酵素が少ない人の比率が高い、といわれています。
今回も、お酒の強い人の好みと、弱い人の好みは、かなり明確に分かれました。お酒の弱い人には、ドイツ種のようなブドウの香りの強い、渋みや苦味の少ないワインが好まれる傾向があります。永らく欧州タイプが好まれず、赤玉ポートワインや蜂ぶどう酒が選択された背景といえます。
酒飲みには「五一」、飲めない人には「イヅツ」という印象でした。

林農園のブドウ栽培品種

林農園の「五一わいん」にはコンコード(Concord)、ナイアガラ(Niagara)、デラウェア(Delaware)、竜眼、甲州、マスカットベリーA、巨峰 など、栽培の歴史が永い、在来ぶどう品種を使用したワインが一通りあります。 近年になり、「五一わいん」がこの地域で力を入れているのは、フランス種のメルロー(Merlot)です。背景にはメルシャンが発売した、この地のメルローが、国際的な評価を得たことがあります。メルローはカベルネに較べ、首都圏での人気は今ひとつですが、この地に適応しており、一部では非常に評価が高い品種です。

桔梗ヶ原の将来を熱く語る、五一わいん猪狩信次専務
「五一わいん」エントランス

林農園ではメルローに加え、カベルネ(Cabernet Sauvignon)、セミヨン(Semillon)、ピノ・ノワール(Pinot Noir) シャルドネ(Chardonnay)や、日本人好みのドイツ種の栽培にも取り組んでいます。
山形、北海道で栽培が盛んなリースリング(Riesling)系統の交配種、ケルナー(Kerner)や、ドイツや隣接のアルザス(フランス)などで評価が高いシルヴァネル(Silvaner)とリースリングの交配種、ミュラー・トゥルガウ(Muller-Thurgau)などです。
また、貴腐郷40と命名された貴腐ワイン(シャルドネとセミヨンのブレンド)、フランスの交配種セイベル9110(Seibel)、など「五一わいん」は混乱するほど種類が多く、アイデンティティーが希薄になっているともいえます。国産ワインが量より質に変換している時代にあって、将来の方向性を模索しているのでしょう。

注1)地ワイン(ローカル・ワイン)とは何か。
ナショナル・ブランドもローカルから成長するのが一般的ですが、ワインのような成熟商品では、国際的な成長を遂げるのは至難です。
成熟したワイン市場のマーケッティングは、ナショナル・ブランドか、ローカル・ブランドに徹する必要があるでしょう。中南信地区のワイン産業はどちらを目指しているのでしょうか。
ローカルの地ワインに徹するならば特徴的で、良質なものが求められます。
特徴的、良質とは「言うは易し」ですが、実行は非常に困難なことですから、なかなか採算がとれません。結局のところ、拡大策に進まざるを得なくなります。
「特徴的、良質」とは、例えて言えば、客の絶えない小規模経営の小料理屋や居酒屋ともいえます。
このようなお店は、調理人兼オーナーがメニュー限定で、一人でまかなっています。料理の質が高く、コストパフーマンスが良ければ、消費者に歓迎される好例です。
地ワインの世界も、オーナーの顔が見えて、個性的な感性が伝わってくるワイナリーが望まれるのではないでしょうか。

注2)桔梗ヶ原
行政的には宗賀地区に属します。塩尻から中山道沿いにやや下った、高原地域です。
桔梗ヶ原の気候は寒暖の差が激しく、土質は関東ローム層です。
関東ローム層は地域により組成が異なり、中部、南部の信濃地区には砂礫の多い地域、粘土質の多い地域の双方が存在するため、それぞれに適した多種類のワイン用のブドウを栽培することが出来ます。
急速に進む地球の温暖化は桔梗ヶ原に有利に働いているようです。
甲府盆地の高温化によって、甲州のブドウ栽培は苦戦を強いられていますが、代わって、晩霜や氷結などに悩んできた桔梗ヶ原が、日本でも有数のブドウ栽培の適地となっているそうです(林農園、猪飼専務)

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