王壮快のマーケッティング・コラム

ワインよもやま話:第三話 日本ワインのマーケッティング

ワインよもやま話 第3話
日本ワインのマーケッティング



  1. 日本産ワインの生産と将来性
  2. 日本のワイン産業の背景
  3. 甲州のワイン産業の現状
  4. 甲州のワイン産業の歴史
  5. 甲州のワインと消費者のイメージ
  6. 甲州のワイン産業の将来
  7. 甲州のマーケッティング戦略
  8. 信州のワイン産業
  9. 信州ワインが期待されている
  10. 信州、東信濃地区、北信濃地区の発展

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1.日本産ワインの生産と将来性

日本のワイン産業は事業規模が小さく、風土にも恵まれていません。ワインの生産高は世界のトップであるフランス、イタリアに較べ、数パーセントに満たない規模です。年間ワイン消費量(270,000キロリットル/平成14年度)は、酒類全体の2.7%にすぎず、国産品(統計は果実酒)に限れば、酒類全体の1%くらいです。これは料理用の味醂消費量に近い数字です。(※フランス、イタリアの年間平均生産量は約6,000.000キロリットル前後で拮抗しています) 従来から、高級ワインは輸入品が大半を占めていましたが、販売規制が緩和されてからは、普及品ワインも海外製品が増え続けています。 最近の国産品、輸入品の消費比率は約4対6ですが、輸入品は7割を超える勢いがあり、漸増する消費量の増加分は輸入品が占めています。 このような環境ですから、国内のワインメーカーは苦戦を続けており、純国産ワインが、内需だけで事業的に成功するには、いくつものハードルを超える必要があります。その将来は決して楽観できません。


2.日本のワイン産業の背景

  • 気候、土壌、地質に適地が少ない。
  • 伝統的に醸造酒の清酒文化が根付いているため、国内需要が少ない。
  • ラテン民族とは家庭の食文化が異なっている。ワインはチーズ、ミネラル・ウオーターの食習慣と密接な関係があります。
  • 日本には岩石、ミネラルを摂食する文化が無い。
  • 製造者、消費者共に、ワインに関連する文化を理解している人が少ない。
  • 国産ワインに、良質というイメージが乏しい。
  • 栽培地確保、労働力確保、建築、醸造設備などのコストに国際的競争力が無い。
  • 零細ブドウ栽培農家の行政保護があり、資本行動が制限される。
  • 大手企業は販売力に優れているため、商社的選択が可能であり、海外ブドウ園とブランドの買収に関心が高い。
  • 酒類の輸入、販売規制の緩和後は、安価で良質な輸入ワインが流入、普及している。
  • 高品質ワインは輸入品が独占的。
  • 生産農家の立場では、巨峰、マスカットなど生食用栽培の利益が大きい。

山梨県甲府市勝沼のブドウ栽培


3.甲州のワイン産業の現状

山梨県は日本で最大のワイン集散地です。業者数も多く、一時は日本のワイン出荷数の半分近くを占めていました。  ワインの出荷量では約30,000キロリットル(果実酒/平成12年)と全国出荷量の30%を越えますが、国産ブドウの収穫量では、全国の23%くらいです。※現在山梨県のワイン製造組合には83社のワイン製造業者が加入しています。


4.甲州のワイン産業の歴史

甲州がフランスのブドウ栽培技術、ワイン製造技術を導入してから130年近くになります。 メルシャン(株)のルーツでもある「大日本山梨葡萄酒会社」が設立されたのが明治10年(1877年)です。 太平洋戦争につながる混乱が始まった頃の昭和10年には、生産量こそ1,500キロリットル未満でしたが、生産業者数は3,000を超えたといいます。※大日本山梨葡萄酒会社はまもなく解散し、大黒天印甲斐産葡萄酒(宮崎光太郎)となったという記録があります。 この時代には、米を節約したい政府のぶどう酒振興政策があったようですが、製造者、消費者共にワインの理解が乏しく、文化的に根付くことはありませんでした。

山梨県勝沼のメルシャン・ワイナリー
太平洋戦争の後も、20年間以上は、ワイン文化が育たず、ブドウの加工は、日本人の嗜好にあったブドウ・ジュースや、甘い果実酒の供給が大半でした。ワインといえば、甘味料を大量に加えた、赤玉ポートワイン※1、蜂ぶどう酒※2、大黒ぶどう酒※3の販売が続いた時代です。 ブドウの栽培農家も、利益率の良い生食用の果実栽培が中心にならざるを得ませんでしたから、良質なワイン用の品種は、一部企業を除いては、栽培されませんでした。 輸入品急増により、環境が大きく変わってきた現在、この永い歴史と伝統があることが、製造業としての甲州ワイン存続に大きな障害となってしまいました。
  1. ※1907年に鳥井商店(壽屋洋酒店)、現サントリーより発売された砂糖強化ワイン。現在も製造されています。
  2. ※1881年頃に茨城県牛久の神谷伝兵衛が砂糖強化ワインの「蜂印香竄葡萄酒」(ハチジルシコウザンブドウシュ)を発売。現在は合同酒精(茨城県牛久市中央3-20-1)に事業が受け継がれ、輸入ブランド・ワインや牛久ワイン「葡萄の城」を発売している。ワイン醸造所のシャトーカミヤは、 1903年(明治36年)に建設されました。
  3. ※大黒天印甲斐産葡萄酒はメルシャンに受け継がれました。
(各社の資料より)


5.甲州のワインと消費者のイメージ

甲州地区では海外渡航の自由化以来、漸増してきたワイン需要を、バルクの輸入品や輸入原料で対応してきました。質、量ともに国産ブドウでは対応できなかったからです。 輸入されたほとんどの商品は、海外ブランドで販売するわけではなく、ブレンドされて、甲州のブランド・ワイン、または甲州で製造したナショナルブランド・ワイン(メルシャン、サントリー、サッポロなど)として販売されました。 甲州ワインとしての質の追求や独自性の不足は、甲州ワインといえば、安価な輸入ワインのブレンドか、甲州種、コンコルドなど在来品種の甘いワイン、というイメージを消費者に定着させたような気がします。 勝沼地区にあるブドウやワインの販売促進施設が、団体見学中心となり、質の良いワインを宣伝する雰囲気や対応にならないのも、歴史的な必然でした。


6.甲州のワイン産業の将来

甲州のワイン製造業者は一世紀近くの期間を、欧米のワイン文化が受け入れられない日本の市場に対して、独自の日本式ワインで対応してきました。最近になって、やや熟してきた消費者が、欧米ワイン文化を要求するようになりましたが、この変化に甲州の業者が対処できなかったのが、甲州ワイン低迷の最も大きな原因と筆者は考えています。 専門家の間では甲州ワインの地盤沈下の最も大きな原因は、地球温暖化を受けて、甲州にブドウ栽培の適地が少なくなったことといわれていますが、これも真実です。

現在、甲州が発祥の製造業者は低迷脱却に問題意識を持ち、様々な努力をしています。
山梨県勝沼近辺の、城の平、鳥居平などではワイン用欧米高級品種が栽培され、組合加入者間では、ワインの原産地呼称証明の自主管理(日本版AOC, Appellation d'Origine Controlee)もされています。自社栽培品にこだわった、小規模経営の「ドメーヌ・久」(勝沼ドメーヌ久株式会社 山梨県甲府市桜井町47)など原料の身元が確かなブランドもあります。
しかしながら山梨県はブドウ産業の歴史が古いために、多数の業者間には、おのおの異なる事情があり、協同して困難に立ち向かうのが難しいようです。
ワインのマーケッティングには産地全体のイメージが重要です。

食品表示における国産と国内産の違いなどがまじめに議論される環境では、消費者の信頼を得ることが困難です。原料の厳格なトレースと表示はすでに、食品産業の必須事項だからです。
安価、低質なワインを普及させていた、大手企業が、急激に高品質ワイン志向に転換しても、新しいイメージを産地全体に定着させることは容易なことではありません。


7.甲州のマーケッティング戦略

  現在、山梨県内各地では、カベルネ(Cabernet Sauvignon)、セミヨン(Semillon)、メルロー(Merlot)、リースリング(Riesling)など消費者の好む欧州ブドウ品種の栽培がされています。しかしながら、温暖化により気候が悪化しているのに関わらず、いずれの品種も海外先進国と同じ土俵上での勝負です。 追いつくこと、すなわち同程度の製品を量産することは至難です。 ワインの普及にはコストパフォーマンスの良さも必要ですから、高級品も、低価格品も良質、安価な輸入品が流入している現状では、追いつく工夫より、新しい風味を出すブドウ栽培法、醸造法や販売方法に独創的な工夫が必要です。 特別な商品がワインコンクールで高く評価されても、マーケッティングでは販売価格が重要要素ですから、勲章だけで量を売ることは出来ません。 大手メーカーが試みている、世界に通用する、競争種のないワイン適正ブドウの品種開発や、新しい発酵技術、保存技術の開発動向が注目されます。マーケッティングには国際競争力のある商品開発が必要であり、国際競争力のない商品は国内でも売れません。 最大手の一つ、サントリーが山梨県の塩崎近くで、登美の丘ワイナリー(山梨県北巨摩郡双葉町大垈2786)を開設しています。独自路線で、高級感溢れるイメージを形成し、甲州ブランド全体の良質なイメージ確立に寄与するか、今後の課題です。


8.信州のワイン産業

信州のワイン産業は甲州のブドウ産業と性格が異なります。塩尻の桔梗ヶ原は、甲州同様に永い歴史がありますが、古くから甲州のブドウ加工品産業への原料供給という位置づけでした。 甲州がマーケッティングで先行したために、ワインの製造業者は少なく、現在でもワイン製造組合の加入業者は20社です。 ワインの出荷量も約5,500キロリットル/2000年で甲州の20%にもなりません。 しかしながら長野県はブドウの栽培適地が多く、ブドウ収穫量は全国の14%を占め、山梨県に次いで、第二位です。 最近では甲州を超えているのではないかという話もあります。 話題の東信濃地区は従来から寒暖の差が激しくワイン栽培に非常に適しているそうですが、信州でも生産量が最も多い、桔梗が原の気候は、これまで、寒が強すぎることがあり、ブドウ栽培には、大きな努力が必要だったそうです。

桔梗が原のワイン畑
これが、温暖化によって一転、ぶどう栽培の最適地になり、桔梗が原に大きな利益をもたらしました。 信州全体の栽培量急増の実績が、これからの信州ワイン産業振興の糸口に繋がる可能性があります。 田中康夫知事、曽我義男氏(小布施酒造)、猪狩信次氏(林農園)、玉村氏らは本格的な長野県原産地呼称制度委員会を設立して、純粋な長野産ワイン製造を目指しています。

長野県ワイン産業の歴史と、これからのワイン産業について語る小布施酒造、曽我義男社長


9.信州ワインが期待されている

最近では国産高級品も国際レベルになり、食事メニューに独自性を持たせたいホテルやレストランなどを中心に良質な国産ワインが認識されています。産地の公的施設やホテル、レストランのマーケッティングには国産ワインが必需品ともいえます。外務省、宮内庁なども、海外の賓客をもてなすために良質な国産ワインが必需品です。 一部の理解ある消費者層は、質の良い国産ワイン生産を支持し、割高感を我慢しながらも、産業の発展に期待しています。 大手ワインメーカーには海外のぶどう園を買収して、良質な原料、製品を確保する選択肢もありますが、独自性を出すためには、日本の経営者の感性に依存する、独自な国産製品も必要です。この期待にこたえつつあるのが信州のワイン産業、特に東信地区と呼称される浅間山麓南西地域のブドウ栽培とワインです。


10.信州、東信濃地区、北信濃地区の発展

長野県は消費の約46%を占める関東首都圏など、大都市の消費地からは地理的に離れ、マーケッティングにおいて優勢な甲州と対抗するには、ワインの製造には独自性を出す必要がありました。


宗賀地区(桔梗ヶ原)
塩尻市の宗賀地区(桔梗ヶ原)近辺には欧州種に活路を見出す「五一わいん」(株式会社林農園、林幹夫社長)、コンコード、ナイアガラなど従来のアメリカ種にこだわりを持つ、イヅツ・ワインなど、純国産ワイン製造を手がける醸造会社があります。
したがって、現在のように全ての価格帯で輸入品が圧勝している時代では、販売力がなかった過去のハンディキャップが、かえって有利に働いているようです。
歴史があるが故に、品種や原料公開に、こだわる姿勢のない、古い会社もありますが、甲州のように日本式ワイン文化に染まった産地のイメージが消費者に少なく、デパート、レストランのバイヤーなどにも独自性が認識されています。




桔梗ヶ原の将来を熱く語る、五一わいん猪狩信次専務



「五一わいん」エントランス


東信濃地区
東信濃地区は、加工業としてはこれからの地域ですが、ブランド・イメージの形成に企業と人を得て、発展の可能性を秘めています。
東信濃地区での先駆者は名品ソラリス・シリーズのマンズ・ワイン小諸ワイナリーです(参照、ワインよもやま話。第1話)。今年からはワイン文化に造詣が深い玉村豊男氏のシャルドネ種(Chardonnay)、メルロー種(Merlot)のヴィラデスト・ヴィニュロンズ・リザーブが加わりました。
昨年には山梨県勝沼が本拠のメルシャンが、東信濃地区丸子町塩田に欧州ブドウ栽培に特化したぶどう園、マリコ・ヴィ二ヤード(ヴィンヤード)を建設しています。推側ですが、ワイナリー建設も近いことでしょう。大手製造、販売業者として、各地の契約農家を利用せねばならない選択を課されていたメルシャンが、どのようなマーケティング戦略を展開するか、期待されます。


北信濃地区
北信濃地区のリーダーは小布施ワイナリー (小布施酒造株式会社、長野県上高井郡小布施町押羽571)の曽我義雄氏です。

純国産のシャルドネ種(Chardonnay)、ピノノワール種(Pinot Noir)、ナイヤガラ種(Niagara)などを使用した、独自のソガ・ワイン(Domaine Sogga)を生産しています。年間のブドウ原料仕込み量が40キロ(会社公表数字)ですから、少量、良質へのこだわりがあります。長野県北信濃地区にはサンクゼール(斑尾高原農場、上水内郡三水村)というブランドもありますが、観光客に重点を置いたマーケッティングのようです。



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