王壮快のマーケッティング・コラム

ワインよもやま話:第二話 ヴィラ・デスト

ワインよもやま話 第2話
独自性のあるワイナリー
ヴィラ・デスト


  1. ヴィラ・デストが新ワイナリーを開設
  2. ヴィラ・デストと浅間山麓南西地域(東信地区)のワイン
  3. 玉村豊男氏の庭園農場ヴィラデスト(VIilla d'Est Gardenfarm and Winery)
  4. 農芸派ナチュラリスト、玉村豊男氏誕生の背景

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1.ヴィラ・デストが新ワイナリーを開設

ハーブ園から遠望した、玉村豊男氏のワイナリーと新設のカフェ
4月16日に長野県東御市(とうみ)(浅間山麓の東部町と千曲川対岸の北御牧村が合併)待望のワイナリーが開場しました。 農芸科学研究家の玉村豊男氏*が主宰するワイナリーは旧東部町の庭園農場、ヴィラ・デスト(VIilla d'Est Gardenfarm and Winery 0268-63-7704)の敷地内に建設され、併設されたカフェでは、ワインや軽食を摂ることが出来ます。(*玉村豊男氏のプロフィール、著書などは、ご本人のサイトの他、多数のサイトで紹介されています)
玉村豊男氏

2.ヴィラ・デストと浅間山麓南西地域(東信地区)のワイン

ヴィラ・デスト近隣の千曲川両岸は、東御市の他、上田市の塩田、丸子町など、ブドウやりんごの栽培農家の多い地域として知られています。信州ブドウの産地としては、東信地区ブドウと呼ばれて、歴史のある桔梗ヶ原産ブドウ(塩尻市宗賀地区)と双璧をなしています。 浅間山麓南西地域には、「知る人ぞ知る」といわれる、名品ソラリス・シリーズ(マンズ・ワイン小諸ワイナリー)(参照:ワインよもやま話、第1話)の他、地ビールのオラホ・ビール(OH!LA!HO BEER CLUB、長野県東御市和3875番地、0268-64-0003)があります。ヴィラデストでは、りんご発泡酒のシードル(cider)も発売されており、ワイン製造後の残滓(pomace)で造られる、蒸留酒のグラッパ(grappa)(製造中)を加えて、地元酒特産品の厚みがさらに増したといえるでしょう。 今後はシェリー(sherry, Jerez)のような酒精強化ワイン(fortified wine)や、イタリアの微発泡ワインのランブルスコ(Lambrusco)など、差別化された製品を期待したいものです。 信州は、長野県知事の田中康夫氏がワインに関心が高いこともあり、純国産ブランドの確立が難しくなっている(筆者感想)、山梨県の甲州ワインに替わって、浅間山麓南西地域は注目度の高い、高級ブランド・ワインの産地になりつつあります(参照:ワインよもやま話、第3話)

新工場で醸造されるワインは2005年からだそうですが、工場落成と共に発売されたワインは、ヴィラデスト・ヴィニュロンズ・リザーブ(2002年)の白ワイン(シャルドネ種、Chardonnay)、と赤ワイン(メルロー種、Merlot)の合計4,000本です。
醸造酒には生命がありますから、感性の豊かな愛情がなければ良いものが造れません。また良質なワインの製造は、ワイン先進国の食文化、生活習慣を熟知する必要があります。
玉村氏の優れた味覚と感受性、生活体験が創り上げたシャルドネ種の白ワインは傑作です。フランスのブルゴーニュ産(Bourgogne)とは、土壌、土質が異なり、同様の風味ではありませんから、訳知りの表現はできませんが、オークの香りは薄く、独自な香りがあります。あえてブルゴーニュ産と比較するならば、フランス人の食通に好まれる、ボーヌ地区産(Cote de Beaune)ワインに近い味わいといえるかもしれません。繊細な香りを賞味するためには、冷やしすぎないで味わうのが良いという感想でした。
石灰質の多い土壌を好むといわれる、シャルドネ種の良質なブドウを東信州で生産できることが、筆者には不思議でしたが、関係者の情熱と農芸技術の高度化が生産を可能にしたのでしょう。

ヴィラ・デストのワインとシードルは併設された、ワイナリー・ショップで購入できます(赤、白ともに4,500円/本、シードル2,000円/本)


新しく販売されたヴィラデステ・ワイン
また、カフェでは、ヴィラデスト・ヴィニュロンズ・リザーブ(2002年)とシードルのテイスティング(300円/グラス)ができます。試飲が有料なのは抵抗があるかもしれませんが、まだ生産量が極端に少ないために、やむを得ない処置でしょう。

カフェ・ワイナリーのエントランス


玉村豊男氏の庭園農場、ヴィラデスト(VIilla d'Est Gardenfarm and Winery)

玉村氏の農産物に対する熱情は、1991年に造園された、9千坪のハーブ園と農園に見ることが出来ます。 農産物の種類も多く、ほとんどのハーブや植栽は丁寧に樹皮(バーク)や粉砕レンガで根囲い(マルチング、mulching)され、力強く育っています。

農園の野菜類は繊細に手入れされて、生き生きしています。ハーブ園は公営を含めて全国に数多くありますが、ここまで、丁寧に育てられたハーブは、筆者の知る限り、他に類例がありません。
玉村氏の農芸に対する探究心には、アートの域に達するこだわりがあり、触れる人を感動させます。まさに浅間山麓農芸の期待の星です。




手入れの行き届いた玉村農園のハーブ類

玉村農園のセージ類

玉村豊男氏はエッセイスト、画家という以上に、農芸科学研究家として評価されるべき人でしょう。

ヴィラデステのハーブ園内休憩所


農芸派ナチュラリスト、玉村豊男氏誕生の背景村田ユリさんとの出会い


鋭い感受性は画家であった父親譲り。自然界の生命に対する、限りない愛情は幼少期に母親から受けた、強い愛によるものと推測しています。
自然回帰は多くの都会人の夢ですが、資金もさることながら、経験者にしか理解できない、病害虫、多湿、旱魃、風害、土質の改良など、自然との過酷な戦いがあります。浅間山麓には降灰もあります。玉村氏の粘り強い開拓者としての原点は、徹底した完璧主義かもしれません。
ヨーロッパには、ローカルな果樹園を経営し、ワインやリキュールを小規模に生産する貴族的な農芸派ナチュラリストが珍しくありません。若い頃のフランス留学によって、彼らのスローライフ思想に接した玉村氏が、その影響を受けただろうことは否めないでしょう。
しかしながら農園経営に至る決定的な原点は、建築家、村田政真氏(駒沢陸上競技場などを設計)との出会いではないかと推察しています。
村田政真氏の夫人、村田ユリ(旧鍵富ユリ)さんは、新潟の豪商、米穀廻船問屋、鍵富家の生まれ。旧軽井沢の別荘から、広大な土地が得られる浅間山麓の御代田に移り住み、花栽培を中心の農園を経営していた貴族的な農芸家です。農園の母屋は村田政真氏と同世代の建築家吉村順三氏が設計し、軽井沢へこられた現皇后陛下が立ち寄る、憩いの場所でもありました。
村田ユリさんのライフスタイルは神奈川県相模原市で、28,000坪のぶどう園とワイナリーを経営し、フランス大使らと収穫祭を開催していた、ゲイマー・康子(戸田康子)さんに通じるものがあります。

吉村順三氏設計の村田ユリ山荘

(上)主を失い寂しげな白樺(下)セージはたくましく、毎年咲き続けている(村田ユリ邸)

花を愛したユリさんは、村田氏が建築家として著名になるまで、園芸店(東京青山)を経営して、生活を助けていたことでも知られており、花や野菜に関する著作もいくつかあります。晩年も農園で母親の鍵富 貞さん(てい、2代目三作氏夫人)と過ごしていましたが、残念なことに5年ほど前に亡くなられました。
この村田家と交遊の永かった玉村氏が、彼女達のライフスタイルに大きな影響を受けたであろう事は、想像に難くありません。

ヴィラデストは1991年から一年がかりで建設されましたが、玉村氏は居宅と農園建設の1年間、御代田の村田ユリ邸に寄宿して指揮を執ったそうです。


ヴィラデスト内の玉村邸

Villa d'Estはフランス語ですが、北イタリアのピエモンテを旅していた玉村氏が、コモ湖畔にある高級リゾートホテル、ビラ・デステ(Villa d'Este)※をイメージして命名したような気がします。音が類似しているネーミングは、氏の茶目っ気でしょうか。※ビラ・デステは、貴族エステ卿、Cardinal Ippolito d'Esteの別荘というイタリア語です

ヴィラデスト・ワイナリーのカフェ・ショップ

ヴィラデスト・ワイナリーへの道順

玉村氏のサイトに案内地図があります。 軽井沢方面からは国道18号の追分から浅間サンライン(浅間山麓を18号線に並行する、小諸バイパス)に入ります。 浅間サンラインの鞍掛交差点を右折。右折した道路は菅平へ行く道路です。次に田沢の交差点を右折します。ここからは標識があります。18号線の走行を維持して小諸を経由する場合は、東御市に入り、「菅平入り口」と表示された交差点を右折します。入り口には角間渓谷の大きな看板があります。

ギフトラッピングと、デザインが美しい玉村氏直筆のサイン お客の質問にも丁寧に応対する玉村氏 ギフト・バッグにサインをする玉村氏


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