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世界の健康ニュース解説

エイズは防げるか?新薬開発競争と世界エイズの日

  1. 12月1日は世界エイズの日
  2. 国連の世界エイズの日(World AIDS Day)(12月1日)が近づいてきました。
    世界エイズの日は1988年から制定され、以後毎年テーマが決められていますが、今年のテーマは「エイズを防ぐために指導力を発揮しよう」(Stop AIDS. Keep the Promise.Leadership)です。
    エイズを防ぐことが最大のテーマですが、米国のCDCなどが特に注力するのは「エイズから子供を守る(Stop AIDS in Children)」ことです。
    世界で3,860万人といわれる推定HIV/AIDS総数(上下に15-20%以上の誤差があるといわれ、正確な統計はありません)のうち230万人が子供といわれます(UNAIDS)。
    25才までにエイズウィルスに感染した子供の半数は35才までに死亡しているという統計があり、死亡率が高いのが特徴です。
    (HIV/AIDSについては世界の健康ニュース解説(No5) CDC-2007年10月25日の第7項を参照してください)

  3. 死亡率の高い子供のHIV感染
  4. 世界では毎年400万人くらいの新たなHIV/AIDSが発生し(2006年はHIV/AIDS数推定430万人)、子供のHIV/AIDS総数は5%前後と推定されています。
    毎年300万人近くが死亡(2006年の死亡者数推定280万人)していますが、医薬品の開発が進み、成人の生存は30年を超えることもあるといわれます。
    反面、子供の感染者は半数以上が短期間に死亡しています。自己責任がないだけに、その実態は深刻で悲惨です。

  5. エイズウィルスの母子感染
  6. 子供への感染経路としてWHO、CDCが特に懸念を示しているのは母子感染(mother-to-child transmission) (PMTCT)です。
    感染者が世界の60%以上を占めるというサハラ以南のアフリカでは無知(異性間交渉)と貧困(売春など)により若い女性の感染者が男性の2-5倍近いといわれます。
    世界的に貧困と無知ゆえに妊娠前後の感染(perinatal transmission)を察知できない女性が多いことが母子感染を防ぐことが出来ない最大の理由です。
    世界でも行き届いたエイズ行政を実行している米国でさえ子供の感染は深刻です。
    CDCが2007年10月に発表した統計によれば米国ではエイズの流行以来(1981年に患者が確認され1983年に病原体が分離された)8,460人の母子感染が確認され、57%の4,800人が死亡しています(CDCの報告については世界の健康ニュース解説(No5) CDC-2007年10月25日
    を参照してください)
    2005年単年度の調査では母子感染した13歳以下の感染者合計が142人、妊娠している女性の感染者が6,051人確認されています。妊娠した感染者の少なくとも25%くらいが何の治療もせず、18%は出産後も放置しているのが現状です。
    民族的には黒人が66%、ラテン、ヒスパニックが20%です。142人の半数はエイズになっており、42名が死亡しています。
    2005年は新たに68人の子供の発症が見られましたが、経路的には67名が母子感染です。
    2005年に死亡したエイズ患者のうち46名が母子感染でした。(注.米国のデータは全て33州に限られており、HIV/AIDSの多いカリフォルニアなどの報告は含まれません。詳しくは世界の健康ニュース解説(No5) CDC-2007年10月25日を参照してください)
    CDCは早めの診断と医薬品の投与により米国の母子感染数が激減しているために、早期発見、早期の医薬品投与を国内外に呼びかけています。

  7. CDCが推奨するエイズ治療薬AZT(アジドチミジン)とは. 満屋裕明(みつやひろあき)博士、ジドブディン
  8. CDCでは妊娠前後にHIV/AIDSと診断された女性(perinatal transmission)に投与する医薬品にエイズ治療薬のAZT(アジドチミジン)を推奨しています。エイズウィルスは薬剤耐性種が多いために、初期治療は2-3剤の混合投与(多剤併用療法)やそれを1剤にしたカクテル錠剤が通常ですが、まずはアジドチミジンの投与が有効であるようです。アジドチミジンは1987年にFDAに承認された最初のエイズ治療薬です。癌の治療薬として1964年に開発されましたが、副作用や効能に問題が多く、忘れ去られていたものがHIV治療薬として復活したものです。その経緯からジドブディン(zidovudine) (ZDV)とも呼ばれています。ジドブディンは米国の国立衛生研究所(US National Institutes of Health) (NIH)の主導で開発されたものですが、エイズ治療薬アジドチミジンとして復活させたのはNIH傘下の国立がん研究所(National Cancer Institute )(NCI)の三人の学者です。
    三人の中には1982年に日本のエイズ研究者として著名な熊本大学の満屋裕明(みつやひろあき)博士(1950-)が加わっており、その後の新しい世代のエイズ治療薬開発に中心的な役割(Retrovirology実験部門主任)を果たすようになります。
    チームはその後ディダノシン(Didanosine)、ザルシタビン(zalcitabine)を開発し、エイズ治療薬の主柱を築きました。いずれも侵入したウィルスが逆転写酵素により人の遺伝子情報に変わるのを阻止する核酸系逆転写酵素阻害剤(ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤)( Nucleoside reverse transcriptase inhibitor)(NRTI)と呼ばれるものです。
    注)
    アジドチミジン(Azidothymidine)「商品名レトロビル(Retrovir) グラクソスミスクライン製薬」(FDA承認1987年)
    ディダノシン(Didanosine)(ddI)「商品名ヴァイデックス(VidexR. Videx ECR)ブリストルマイヤー製薬」(FDA承認1991.10.9)
    ザルシタビン(zalcitabine) (ddC)「商品名ハイビッド(HividR) ロシュ製薬」(FDA承認1992.6.19)

  9. レトロウィルス(retrovirus)とは
  10. エイズはレトロウィルスの一つですが、レトロウィルスとは遺伝子情報をDNA(デオキシリボ核酸)(Deoxyribonucleic acid)からRNA(リボ核酸)(Ribonucleic acid)に伝える一般の遺伝子伝達ではなく、RNAからDNAを作る、逆転写と呼ばれる機能を持つウィルスの総称です。レトロウィルスは1911年に米国の病理学者ペイトン・ラウス(Peyton Rous)によって発見されました。
    標的宿主細胞内(host cells)で作られたウィルスのDNAは宿主細胞の固有DNAに組み込まれ、細胞分裂とともに増殖をします。特異な性質を持つため遺伝子工学では遺伝子の運び屋(ヴェクター、vector)として使われます。
    ラウス博士は後にラウス肉腫といわれる鶏のがんからウィルスを分離しました。レトロ・ウィルスが特異的な逆転写酵素(reverse transcriptase)を持つことは、1970年に米国のウィルス学者、テミン(Howard. M. Temin)らが発見。ラウス、テミン両名ともにノーベル賞を受賞しました。

  11. エイズ治療薬の仕組み(HAART)
  12. エイズの治療薬は他の抗ウィルス剤と同様にウィルスが侵入してから細胞内に取り付き、増殖する各段階のどこかで制御する手法がとられています。


    1. エイズウィルスの人(宿主)細胞への侵入

    2. エイズウィルスの遺伝情報がウィルスの持つリバース酵素(逆転写酵素)(reverse transcriptase)で人の遺伝情報に変わる。(RNAからDNA)

    3. 変わった遺伝情報がエイズウィルスの持つもう一つの酵素インテグラーゼにより人細胞核内の染色体に組み込まれ、新たなたんぱく質を創造する

    4. ウィルスの持つたんぱく質分解酵素プロテアーゼ(protease)(酵素)がそのたんぱく質を分解してウィルスが増殖する。


    完治の決め手はいまだにありませんが、治療にはこれまでに開発された30種類くらいの医薬品から3-4種類を組み合わせて使用するカクテル療法(多剤併用療法)(HAART)(Highly Active Anti-Retroviral Therapy)が主流です。不便さを排除するために混合して一剤としたカクテル治療剤も発売されています。
    現在日本では逆転写酵素制御剤が10種類、プロテアーゼ阻害剤が6種類発売されています。

  13. エイズ治療薬開発の歴史 ラルテグラビル、セルゼントリー、ラメラリン
  14. エイズの治療薬開発で中心的な役割を果たしているのは米国の国立衛生研究所(US National Institutes of Health) (NIH)です。
    グラクソスミスクライン、ブリストルマイヤー、メルクなどの製薬会社と共に、日本の満屋裕明博士やインドのアラン・ゴーシュ博士など世界の英知が米国に結集し開発しています。

    1. 第一世代。核酸系逆転写酵素阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤
      満屋裕明博士らが開発したアジドチミジン、ディダノシン、ザルシタビンは上記の第二段階を制御する核酸系逆転写酵素阻害剤で、通称ニューク(Nukes)と呼ばれています。その後、耐性ウィルスに強い非核酸系逆転写酵素阻害剤(Non-nucleoside reverse transcriptase inhibitor)(NNRTI)も開発されました。逆転写酵素阻害剤はいまだに治療薬の主流です。



    2. 第二世代。プロテアーゼ阻害剤(protease inhibitor) (PI)
      第四段階の分解酵素プロテアーゼを阻害するもので第一世代と同様に各種の薬剤が開発されています。多剤耐性ウィルスに対応できるために期待される分野です。後述のダルナビルが最も新しいものです。



    3. 第三世代。フュージョン阻害剤(Fusion inhibitors)
      第四段階で作用しますがプロテアーゼを阻害するものではありません。最終段階でエイズ・ウィルスのDNAが増殖(multiplying)のために新しく増殖母体(宿主)となる細胞(host cells)のDNAに融合する溶融作用(フュージョン)(Fusion)を防ぐ切り口です。
      ホフマン・ラ・ロシュ社(Hoffmann-La Roche、Roche Holding AG)とトライメリス社(Trimeris)によってT-20というコード名で開発されたものが最初です。
      米国では2003年にFDAが認可し、フューゼオン(Fuzeon)またはエンフュービルタイド(エンファービルタイド)(Enfuvirtide)と言う商品名で発売されていますが日本ではいまだに未承認です。
      2004年に本コラムでも取り上げましたが(2004112926エイズ治療薬開発競争、フューゼオンの評価は)、一日複数回を必要とする面倒な注射薬であること、高価であることが障害となり普及は進んでいません。


    4. 第四世代。インテグラーゼ阻害剤(integrase inhibitor)
      インテグラーゼ阻害剤は第三段階のインテグラーゼ酵素を阻害するもので、現在期待されている切り口の治療剤です。
      酵素の機能に不明な点が多く、永らく開発が進みませんでしたが、メルク社のラルテグラビル(raltegravir)が2007年10月12日にFDAより承認されました。
      インテグラーゼを阻害する新たな素材として、海産物などから合成できる有機化合物のラメラリンα20-サルフェート(lamellarin α20-sulfate)が話題となっていますが新薬は先の話になりそうです。


    5. 第五世代 CCR5 阻害剤(受容体拮抗剤)
      エイズに感染すると、第一段階でウィルスは免疫細胞の一つである人のヘルパ−T細胞(Helper T cell)のCD4受容体(CD4 receptor)に取り付き、入り込みます。人のCD4にはコレセプター(共同受容体)と呼ばれるCCR5 、CXCR4(ケモカインレセプターとも呼ばれている)などがありますが、このCCR5 を阻害するCCR5 阻害薬が期待されています。
      マラビロック(Maraviroc)と呼ばれているファイザー社(Pfi zer)のセルゼントリー (Selzentry )が2007年8月6日にFDAより承認されています。肝臓、心臓などへの副作用が強いために使用法が限定されることが難点といわれます。
      満屋博士らがグラクソスミスクラインと開発中だったAK602(アプラビロック)もCCR5 阻害薬でしたが、副作用問題を解決できず、治験が中止されています。


    6. その他。 ウイルス粒子成熟阻害薬
      第四段階でウィルスの転写を不完全なものにするのがコンセプトです。
      ウイルス粒子成熟阻害薬はまだ評価が定まりませんが、ウィルスが増殖するのを防ぐプロテアーゼ阻害剤、フュージョン阻害剤に近いものです。ベンチャーのパナコス社(Panacos)のPA-457が先行しています。

  15. カクテル治療剤とは コンビビル、トリジビル
  16. カクテル治療剤とは複数のエイズ治療薬を一剤に統合したものです。
    1997年に発売開始されたグラクソ・スミスクライン(Glaxo-SmithKline)の商品名コンビビル(Combivir)が最も使用率が高いカクテル治療剤といわれます。
    これは逆転写酵素阻害剤のジドブジン(zidovudine)とラミブジン(lamivudin)の2種混合剤です。ジドブジンはレトロビル(Retrovir)、ラミブジンはエピビル(Epivir)として個々に販売されていたものです。
    またグラクソ・スミスクライン社は2000年に、3剤配合剤、トリジビル(Trizivir)を発売しました。ラミブジン、ジドブジンに、商品名ザイアジェン(Ziagen)として販売されていた逆転写酵素阻害剤の硫酸アバカビル(abacavir sulfate)を加えたものです。
    現段階のカクテル治療ではトリジビル(Trizivir)とプロテアーゼ阻害剤のサキナビル(saquinavir)(商品名アンプレナビルなど)(amprenavir)を混合するのがベストという説があります。

  17. ゴーシュ博士(Arun K. Ghosh)のダルナビル(darunavir)とは
  18. 2006年6月23日にFDAの認可を受けたプロテアーゼ阻害剤(PI)ですが、これまでの耐性ウィルスに広い範囲で有効な期待の新薬です。
    インド系のアラン・ゴーシュ博士(Arun K. Ghosh)がイリノイ大学で開発を進め、合成に成功しました。
    その後国立がん研究所(National Cancer Institute )(NCI)の援助が必要となり、日本の満屋博士が実験に加わり完成させ、話題となりました。ダルナビルはプレジスタ(Prezista)またはTMC114とも呼ばれ、ベルギーのティボテック社(Tibtec,Inc.)から発売されています。肝臓障害、コレステロール、中性脂肪値の増大などの副作用が報告されているために評価は定まりませんが、多剤耐性HIVウィルスに幅広く対応できる点が大きな利点です。