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世界の健康ニュース解説

フィリッピンの狂犬病とオオコウモリ

  1. フィリッピンの狂犬病拡大はオオコウモリが原因?
  2. 2006年11月17日に京都で60歳前後の男性が狂犬病で亡くなったことが報じられましたが、直後の22日には横浜でも狂犬病感染者が発生し、重体です。
    いずれもフィリッピンで犬に噛まれたことが原因ですが、犬はオオコウモリによって狂犬病ウィルス(リッサウィルス属ラビーウィルス)に感染した可能性があります。フィリッピンはオオコウモリの生息地として世界的に著名ですが、オーストラリア由来の狂犬病ウィルス類感染(Australian bat lyssavirus)がすでに報告されていました。
    狂犬病ウィルスには遺伝子が多少異なるいくつかのタイプ(後述)がありますが、いずれもコウモリが宿主として知られています。数年来、アマゾン、オーストラリアなど森林の開発が続く大陸では、吸血コウモリによる狂犬病が広がっていますが、フィリッピンも例外ではないようです。希少種を含めた多種類のオオコウモリが生息するフィリッピンのネグロス島(Negros), パナイ島(Panay)では森林破壊が96%になるそうです。

  3. 世界的な自然環境の変化が人獣共通感染症を拡大させる
  4. ネグロス島, パナイ島はフィリッピンでも4番目、6番目の面積を持ちます。砂糖産業の中心地ですが、農業振興のために森林の伐採が続いたようです。
    コウモリに限らず、発展途上国の開発による自然環境の変化は、住まいを狭められ、移動を余儀なくされた動物による住民の被害、人獣共通ウィルス(ズーノティック・ウィルス)(zoonotic virus)の脅威を拡大しています。
    新型インフルエンザの脅威とともに、地球の環境変化による世界の人獣共通感染症(ズーノシス)の拡大は新たな展開を見せているといえるでしょう。感染症をよく理解して海外旅行をしなければならない時代が来ています。

  5. オーストラリア、英国にも狂犬病の危険
  6. 狂犬病は一般にわかり易く伝えるための通称です。学名のリッサウィルス属に因んで、リッサウィルス感染症と一括して呼んだ方が、一般の方には正確な情報でしょう。相違は大きくありません。
    2006年11月23日の早朝テレビ番組では世界の狂犬病蔓延を取り上げていました。
    番組ではオーストラリア、英国、ノルウェー等を安全地帯としていましたが、オーストラリアはオオコウモリの著名な群生地がいくつもあり、英国北部にもコウモリが生息します。広義の狂犬病ウィルス(Australian bat lyssavirus)では、クイーンズランド州などで死者がでています。英国もスコットランドでコウモリ由来の狂犬病(Daubenton Bat lyssavirus)が発生しています。行政上の都合で狂犬病とは呼んでいませんが、リッサウィルス感染症としては同じことであり、決して安全地帯ではありません。
    狂犬病ウィルスは宿主のコウモリにより直接、間接に人間に感染します。コウモリより直接感染したウィルスも通称でいえば狂犬病です。

  7. 日本の狂犬病発生状況
  8. 日本では1920年代に年間約3,500件の犬による狂犬病発生がありましたが、1922年に家畜伝染病予防法が制定されてから激減しました。1950年の狂犬病予防法による犬へのワクチン義務化以降は消滅したと見られています。
    1970年に海外旅行で感染死した例を除くと、1957年以降、今回(2006年)のフィリッピンのケースまで、発生報告はありませんでした。狂犬病は4類感染症となっています。
    日本ではこうもり由来の狂犬病の報告はありませんが、日本にもオオコウモリが生息しますから注意はすべきでしょう。輸入コンテナーにコウモリが紛れ込んでいる危険性も指摘されています。
    狂犬病ウィルスは感染後でも、潜伏期間中にワクチンを繰り返し投与すれば、発病を防ぐことが出来ます。感染疑いがある場合は、病院において早期発見することが重要です。

  9. 世界の狂犬病発生状況
  10. 狂犬病は世界中に分布し、年間死亡者は5万人に達するとも言われています。発生地はインドが多く、これまでは毎年30,000人近い死亡が報告されていました。感染源はアジアでは犬、こうもり、欧米ではアライグマ、キツネなど野生動物、中南米では吸血こうもりが最も一般的です。最近のEU(欧州)では、ドーベントンと呼ばれるヨーロッパこうもり(Daubenton Bat, Myotis daubentonii)からのリッサウィルス感染(European bat lyssavirus)が話題となっていました。

  11. ブラジルの吸血こうもり(バンパイア・バット)と狂犬病
  12. ブラジルでは2004年3月から4月にかけて、中南米に近いアマゾン地域、アマゾーニャ(Amazonia)に属する州(ブラジル北部)のパラー州(パラ州)(Para)で吸血こうもりが異常発生し、吸血された13人が狂犬病ウィルスで死亡した事件がありました。吸血こうもりは中南米各国に広く分布して、これまでも家畜などに狂犬病ウィルスによる被害を与えています。一般的には大きな群生は少なく、人間を襲うことは稀だそうですが、襲撃は環境破壊の影響ではないかと懸念されています。

  13. コウモリの種類
  14. 地球上の哺乳類4000種類のうち1000種類をこうもり目(翼手目)が占めます。
    こうもりの分類は混乱してきた歴史があり、大きさのみが亜目の分類となっていませんが、熱帯雨林、亜熱帯に分布するコウモリ目(学名Chiroptera)は大別して二つに分けられています。


    1. オオコウモリ亜目(Megachiroptera約 200 種)
      オオコウモリ(Megachiroptera)は視力を有し、果実、花を好みます。熱帯雨林に生息し、習性は一夫多妻のグループ(camps)を作るか、群生(colonies)します。オオコウモリの大きさは、体長50mm-400mm、体重15gから、最大1.5kg位、翼を開くと、最大170cmを超える種類があります。WHOより発表されたニパウイルス宿主(後述)の大コウモリ(種類は不明)生息地域はオーストラリア、インドネシア、マレーシア、フィリッピン、一部の太平洋諸島です。

      *フルーツ・バット(fruit bat、Old World fruits bat)
      オオコウモリ亜目、Pteropodidae科に属します。
      フルーツ・バットは42属、173種が分類されています。
      おおこうもり類は熱帯雨林、亜熱帯の植物が結実するのに、重要不可欠な生物です。バナナ、マンゴー、ガヴァ、ジャックフルーツ、デーツ、カシューなど多くの植物の受粉(pollinate、seed dispersal)はオオコウモリによってなされます。これがフルーツ・バットと呼ばれる由縁です。フィリッピンなど、地域によっては食用とされる種類もあり、ペットとして世界中に愛好者がいます。
      フルーツ・バットは狐に顔が似ているためにフライング・フォックス(flying foxes)とも呼ばれ、混同されることがありますが、正式なフライング・フォックスは分類上Pteropodidae科のもう一つのグループを指します。フライング・フォックスにはOtopteropus属1種類、Pteropus属59種類が分類されています。
      おおこうもり亜目のほとんどの種類の俗名には、セレベスコバナフルーツコウモリ、ジャワオナシフルーツコウモリなど生息地の名前が付けられています。

    2. 小コウモリ亜目(Microchiroptera、約800種)
      洞窟などに生息し、樹木のある場所なら何処にでも分布します。小コウモリ亜目には視力がありません。超音波を発信して飛行(エコーロケーション)(echolocation)するために、発信器の鼻は特殊な形をしており、耳が大きいのが特徴です。昆虫、魚などの捕食、哺乳動物からの吸血で生活します。種類も多く、物語に登場するこうもりは、ほとんどがこの小コウモリ亜目の種類を指しています。

      *吸血こうもり(バンパイア・バット)(vampire bat) 
      吸血こうもりは熱帯、亜熱帯に広く分布するフルーツバットと異なり、目が見えない、小コウモリ亜目Phyllostomidae科(Desmodonitidae科という説もある)に属します。
      体長は2.7 - 3.5 インチ(1インチ=2.54cm)、体重.5 - 1.8 オンス(1オンス=28.35グラム)、1メートルくらいの低空飛行が習性です。
      中南米原産。森林、都市部に生息。吸血こうもりは3種類が知られています。サンパウロのパスツール研究所(Pasteur Institute)では、狂犬病ウィルスに陽性を示す吸血こうもりを数種類特定しています(2000年までの調査)。
      狂犬病ウィルスは吸血こうもり以外の種類からも検出されることがあります。
      吸血こうもりの唾液(saliva)は血液凝固防止に働き、吸血を容易にしますが、この成分を脳卒中の予防に研究しているグループがあるといいます。

      *ブラジルで狂犬病ウィルスに陽性を示した吸血こうもり類
      A)吸血コウモリ(Common vampire bat) (Desmodus rotundus)
      B)ブラジルオナシコウモリ(brasilian free-tailed bat)(Tadarida brasiliensis)
      C)ヴェネゼラ吸血こうもり(Venezuela vampire bat)ヴェネゼラ原産といわれる種類(パスツール研究所では種類を公表していないので推定)
      D)シロゲ(ハクハツ)コウモリ(hoary bat) (Lasiurus cinereus)。
      E)ケンサキバナ(剣先鼻)コウモリ(Sword-nosed Bats)(Lonchorhina aurita、Lonchorhina fernandezi) *こうもりの和訳は筆者が推測した仮訳です。この項は2004年の記事と重複しています。

  15. 狂犬病ウィルス(rabiesvirus)(ラビーウィルス)
  16. ラブドウイルス科(Rhabdoviridae)リッサウイルス属(lyssavirus genus)、
    狂犬病ウィルス(rabiesvirus)は砲弾型(bullet)のリボ核酸(RNA)ウィルスです。1- 3ヶ月(稀には1年のケースがあるそうです)の潜伏期間で発症。発熱、頭痛、筋肉痛、脳炎症状などを呈し、錯乱、幻覚などから昏睡状態に陥ります。発病すると致死率100%といわれています。
    リッサウイルス属は、遺伝子タイプ(genotype)により現在は7種に分類されています。

    A)Rabies virus
    B)Lagos bat virus,
    C)Mokola virus,
    D)Duvenhage virus,
    E)European bat lyssavirus type 1,
    F)European bat lyssavirus type 2,
    G)Australian bat lyssavirus

  17. コウモリから感染するニパウイルス(Nipah virus)(ヘンドラ・ウィルス)
  18. こうもりを宿主とする感染症には狂犬病のラブドウイルス科に近いパラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)に分類されるものがあります。バングラデシュ、マレーシアで多くの死者を出しており、豚を中間宿主とするため、豚からも感染することが多いようです。脳炎を起こす事は狂犬病に近い症状ですが、発生地域のニパ(Nipah)にちなんでニパウイルスと命名されています。
    1998年から1999年にかけてマレーシアで発生し、1999年に新ウィルスとして同定されました。この時の記録では、マレーシア・シンガポール両地域で257例の感染例が報告されています(うち100例が死亡)。
    ニパウィルスはブタ(豚)の場合は中枢神経組織、肺、腎を冒します。人間の場合は発熱、頭痛に引き続き、脳炎、全身痙攣、呼吸不全、血圧低下によって死に至ります。1999年の当初は、オーストラリアのヘンドラ・ウイルス(Hendra viruses)に類似しているといわれ、ヘンドラ様ウイルス(Hendra-like virus)と呼ばれていました。遺伝子解析された後に、双方は同一のウィルスと呼べることが解明されたため、現在はニパウイルスに統一されています。ヘンドラ・ウィルスは1994年にオーストラリアのヘンドラ地域で最初に発生したため、ヘンドラ・ウイルス(Hendra viruses)と名付けられました。感染者3名のうち、2名が死亡しています。オーストラリアでバリナウイルス(Ballina virus) 、メナングルウイルス(Menangle virus)と呼ばれるものも同じウィルスといわれます。この類の感染にはレベトロンの投与が有効とされています。

    このニュースは2004年04月07日 20040407-1758-538 「吸血コウモリによる狂犬病」および20040216-1135-124 「ニパウィルスの再発と宿主の大こうもり」を引用しており、重複する部分があります。