<<< ノギボタニカルのトップページへ

世界の健康ニュース解説

世界保健総会におけるビル・ゲイツ氏の特別講演

世界中が平等な医療社会の創設

第58回世界保健総会(World Health Assembly)が5月16日より25日まで、ジュネーブ(スイス)で開催されました。大会では直面する世界的規模のエイズ、サーズ、鳥インフルエンザなどの疫病、いまだに根絶できない癌などの疾病に焦点が当てられ、成功裏に閉会しましたが、今年の話題は16日にゲスト・スピーカーとして特別講演をしたマイクロソフトのビル・ゲイツ氏でした。

  1. 世界中の国が、発展する先端医学の恩恵を受け、平等な予防と治療を受けることが出来る社会の創設(ビル・ゲイツ氏の講演要旨)
  2. (本文は1人称、2人称となっていますが講演の翻訳ではありません。ゲイツ氏の講演意図を筆者の解釈でまとめたものです)

    幸いにして、現在の私とワイフは世界中を旅行する機会に恵まれています。
    そこで見るものは富める国と発展途上国の医療現場における不公平さです。
    発展途上国では毎日数百万の人が死と直面し、助けを求めています。
    そのような国には富める国が知らない疫病が多々ありますが、
    現場には、奉仕をいとわず、英雄的に働く多くの人を目にします。
    ところが現実には大規模に蔓延する疫病が多く、彼らの働きも、大きな力になりません。
    問題は富める国が水際で食い止めている、重大な疫病(epidemics)です。
    富める国は、彼らの国に不在な疫病に私的な資金を投じません。
    開発されたワクチンや医薬品を貧しい国が購入しないからです。
    また多くの発展途上国の政府も国民が困っているそれらの疫病の対策が十分ではありません。
    本当のところを言えば、富める国はこれらの疾病が自国に伝染してくれば、必死で対策をとります。
    (解釈注:エイズ、サーズ、ウェストナイルウィルスなど)ところがこの場合でも、
    自国の対応が終了すれば、貧しい国の蔓延に対して知らぬ顔です。
    私は数年前にこの悲劇的な不公平さの現実を新聞で知りました。
    私の知らないロタウィルス(注第5項)で毎年50万人もの子供が死んでいることです。
    米国では防疫が出来ているため、知らなかったのです。
    私達は、もし此処にワクチンや治療法があるならば、その政府は何をおいても、それを人々に与えるだろうと考えます。
    ところがそれが無いために対策はとれません。
    現実の世界は生きることが出来る人と出来ない人に冷酷に分類されています。
    此処に富める国と発展途上国の医療現場における不公平さを見ることができます。
    我々はこれを真実とは思いたくありません。
    よしんば真実であるとしても、まず我々が出来ることから始めたいと思います。
    今日発展途上国ではマラリア、エイズ、結核、栄養失調、妊娠、新生児など、多くの問題で毎年数百万の人が死んでいます。
    それに対し我々は十分な対策をとっているでしょうか?否です。
    我々は出来ることもしていなければ、無論出来ないことを解決しようともしていません。
    その結果数百万の人が死んでいるのです。
    今、我々は新しい段階を迎えています。物語は終わっているわけではなく、今始まったのです。
    21世紀を迎えて、我々がこれまでしていなかったことの、何が出来るか、考えるときが来たのです。
    通信の発達で世界は狭くなり、困窮する隣人を無視し、見捨てることが難しい時代ともなりました。
    意欲があっても、行動しなければなんの解決にもなりません。
    最近の科学の発展、特にゲノム解析などの先端科学は、多くの疾病を解決する可能性を高め、
    その恩恵により援助を拡大できるようになっています。この恩恵を平等に配布することが必要なのです。
    米国や英国にはエイズ、マラリア、結核に関する援助機関がありますが、
    この運動を世界中に広めることが必要なのです。
    科学の発達で可能性が拡大し、どこで生まれようが、
    世界の人たちが疾病を予防し、
    ワクチンや治療を受けることが可能になる、
    世界的に平等な健康社会を築く歴史的なチャンスが近づいています。
    私はドラマティックに不公平を減少させることを提案します。
    持てる者、持たざる者が、健康に関して平等な恩恵を受けることが出来る社会の創設です。

  3. 世界が取り組まねばならない4つの優先事項
  4. この平等な健康社会を築くために4つの大事なことがあります。


    1. 疾病と戦う問題意識の重要性
      先進国も、発展途上国も「疾病と戦う」ために最大限の努力をすること。
      富める国は声を大にすることに満足して、有言不実行になりがちです。
      世界が要求する援助の規模に対応した行動を実際に起こさねばなりません。
      一方(毎日3千人の人がマラリアで死んでいるという)サブサハラ国*のように、
      GDPに対して保健支出割合があまりに少率では、問題の解決にはなりません。
      *サハラ砂漠以南の国々。ナイジェリア、セネガルなど西アフリカ諸国を除くスーダン、エチオピア、ケニアなど48カ国。低所得層が多く、政治も不安定な国が多い。

    2. 医学的先端技術研究への注力
      富める国は、発展途上国に大きな健康被害をもたらす疫病から、命を救うことの出来る「科学的研究に力を注ぐ」こと。
      1900年代の初めに結核とマラリアの病原発見にノーベル賞が与えられました。
      ところが100年以上たった今日に至っても効果的なワクチンは開発されていません。
      科学的に解決困難だからではないでしょう。単にその努力がなされてないだけです。
      2003年度に我々の基金は「世界の疫病に対する大いなる挑戦(The Grand Challenges in Global Health)」をテーマとしました。
      世界のトップクラスの科学者達に途上国の深刻な疫病解決に必要な切り口を質問したのです。
      80カ国以上の科学者がこの要求に応じてくれ、14の項目別に整理された切り口には、
      世界の1万人近くの科学者がアイディアを応募してくれました。
      冷蔵庫の不要なワクチン、生命を脅かす熱病を取り扱い経験が不要な簡便携帯電子機器で発見する方法、
      免疫システムに阻害されずに疾病をアタックできる医薬品など、多くのアイディアが集まっています。
      これらを実現することにより、毎年数百万人の生命を救うことが出来るのです。
      その熱意にこたえて、我々も提供資金を2億ドルから4億5千万ドル(約500億円)に増額しました。
    3. 医学的先端技術発見の実用化
      世界的な新たな科学的発見も、実用化しなければ世界の健康に貢献出来ません。
      どのようにしたらよいか考え、そして、そのための資金を提供することです。
      我々は、安く、安全なリーシュマニア(注、第6項)の薬を今年に開発しました。
      肺炎を防ぐワクチンを開発して15%は死亡者を減らすことも出来ました。
      また、現在治験中のマラリアワクチンは今年が画期的な年となるでしょう。
      眠り病の薬では50年の歴史に終止符を打つ、100%効果的で副作用の無い経口医薬品を開発しています。
      最も重要なのはエイズ治療の研究です。
      これには多くの優秀な研究者が存在しますが、研究者は早急な結果を求められたり、
      または同僚に研究を無視されたり、孤立して困難な状況が続いています。
      朗報は、最近2年間の間に複数のエイズワクチン開発会社が、
      重複など無駄を省いて一つの目的に向かって提携したことです。
      我々もそれに対し400万ドルを寄付いたしました。
      エイズは医薬品によって感染が防げると確信しています。
    4. 医学的先端技術普及システムの整備
      新たな医学的発見の恩恵を、政治的、市場的にシステムが機能している、
      富める国にのみ与えるだけでなく、機能していない最も貧しい国にも与えることが出来るようにすること。
      エイズの医薬品を開発しても、それを機能的に配布できるシステムが必要ですが、
      現在では新たな医薬品をいきわたらせることが非常に困難です。
      また開発した医薬品が簡便であることも普及のために必須です。
      20ものカクテルが必要なエイズ治療経口医薬品は3種類に、
      9ヶ月間も服用が必要な結核治療薬は3日くらいに改善しなければなりません。

  5. 世界保健総会(the World Health Assembly)
  6. WHO(世界保健機構)の最高意思決定機関として年1回開催される総会。全加盟国(192ヶ国と2準加盟国/2003年)で構成される。

  7. ビル・メリンダ・ゲイツ基金(The Bill & Melinda Gates Foundation)
  8. メリンダはゲイツ氏夫人。
    「21世紀には世界中に、これまでにない健康と教育の平等な機会を与える」事を目的に2000年1月に創設されました。
    ビルの父親のウィリアム氏(William H. Gates Sr.)が創設した「世界の健康を改善する」ウィリアム・ゲイツ基金(the William H. Gates Foundation) と「新技術開発の科学教育を促進する」ゲイツ教育基金(the Gates Learning Foundation)が合併したものです。
    シアトルに本拠地が置かれた基金の総額は288億ドル(約3兆1000億円)。マイクロソフトの役員であったパティー・ストーンサイファー女史(Patty Stonesifer ,47歳)がパートナーとして運営しています。

  9. ロタウィルス(rotavirus)
  10. レオウィルス科(Reoviridae)
    RNAウィルス。車輪状の形態によりロタと命名されている。
    潜伏期間2-3日。コレラのような症状を呈するウィルス性の感染性胃腸炎。
    経口による感染力が強く、老人など成人も感染しますが、多くは、冬季に抵抗力の無い乳児、幼児が感染します。
    抵抗力が十分なら、治療により短期間で回復しますが、適正な治療ができない途上国では死亡率の高い感染症です。
    日本でもノロウィルス同様に非常にありふれた感染症です。
    A型、C型など血清型が6つはありますから、免疫が出来ずに再発することも珍しくありません。
    保育園などで、糞便感染しますから、子供が水様の白い便を排出したら、疑うことです。
    ワクチンは副作用が懸念されて実用にはなっていないようですが、途上国では蔓延防止に使用しているそうです。

  11. リーシュマニア(Leishmania)プロタゾール感染症(a protazoal infection)
  12. トリパノソーマ科(Trypanosomatidae)。吸血昆虫のサシチョウバエ((phlebotomes) がリーシュマニアという寄生虫を媒介して、刺された患部が溶けた状態にしてしまう奇病。
    発生地や発生部位によって分類されますが、寄生虫のリーシュマニアには5種類以上が発見されているようです。
    米国では湾岸戦争で多数の感染者が出たことで著名になりました。主として中南米、アフリカ、中近東、インド、中国に発生します。
    皮膚、皮膚粘膜、内臓を冒され、放置すれば死に至ります。
    特に重症となる内臓のタイプは黒熱病、またはヒンズー語でカラ・アザール(Kala Azar)と呼ばれて、インド、バングラデシュ、ネパール、スーダン、ブラジルに多発します。
    ゲイツ氏が心配されるように、発展途上国でも特に貧しい地域に発生します。
    昆虫のサシチョウバエを駆除できないからです。
    現在でも毎年200万人くらいが感染し、世界の総計では1000万人以上の感染者が存在するといわれます。
    有効な医薬品は米国陸軍のウォルター・リード研究所の発表では2種類くらいです。
    先進国では陸軍が、この医薬品を最も必要としている組織です。
    治療用に普及しているのは、スチボグルコン酸ナトリウム(sodium stibogluconate)ですが、
    グラクソ・スミスクライン社の特許製品(商品名はペントスタム、Pentostam R)が高価で取引されています。
    一回分が1万円を超えるといわれ、貧しい国、貧しい者には購入が困難です。
    このあたりのグラクソ社の取り組みにゲイツ氏が満足していないことが、今回の講演より類推できます。
    また最近ではリーシュマニアのある種類に耐性が出来ており、問題となっています。