世界の健康ニュース解説
心房細動と強心配糖体ジギトキシン
ジギタリスの花
長嶋茂雄元巨人軍監督が心原性の脳卒中(注1)を発作し、東京女子医大病院に入院したニュース(3月4日)は中高年の健康管理の難しさを改めて認識させました。
長嶋アテネ・オリンピック野球監督のケースは心臓の心房細動(注2)による血液滞留が原因と言われます。
中高年になると、生活習慣によっては、心房細動の発生確率が急増しますが、この点に関して、長嶋さんは当てはまりません。報道によれば、監督の生活習慣は優等生であったようです。心臓の血液滞留による血栓発生は、交感神経に作用するストレスが原因であったかもしれません。
血液は、心臓の右心房から右心室、肺を通って、左心房から左心室へと流れ、全身に送り出されます。
この流れが、なんらかの原因で、活性を低下させて、よどんだ場合に、血管や心臓(特に心臓の左心耳と呼ばれる部分)の中に血の塊、血栓ができやすくなります。また加齢などで動脈硬化を起こしている血管内には、黄色プラークと呼ばれる脂肪分が堆積しており、プラークが破裂すると血栓となります。これらの血栓が血管内を移動し、脳、心臓、肺などの血管を詰まらせ、脳梗塞、心筋梗塞、肺梗塞などが発生します。
心房細動は、動脈が硬化してくる高齢者では、よく見かける症状ですが、多くの場合、不整脈や脚のむくみが予兆となります。
不整脈計測には、手の付け根の動脈より、自分自身で脈を取ることをお奨めします。心房細動を原因とする事故は、スポーツ中の発生が多いことも知られています。
不整脈の対症療法にはいくつかの選択がありますが(注5)、最も著名なのが薬用植物のジギタリス(狐の手袋)(注3)です。100年以上の永い間、ジギタリスから抽出される配糖体成分のジギトキシンは、強心配糖体と呼ばれて、不整脈治療の主役となっています(注6)。
ジギタリスは鑑賞花として一般的に普及しており、紫色の筒状の花はキツネノテブクロと呼ばれて愛されています。ハーブとしての歴史は古く、16世紀にはすでに薬として使用されていました。強心生薬として認識されたのは、20世紀になってからといわれます。
現在でも不整脈の対症療法には、ジギトキシン、ジゴキシンの製剤(注4)が重宝されていますが、ジギトキシン、ジゴキシンは薬効が著しい反面、使用法が難しい劇薬と言われています。
血栓を予防するには、血液の粘度を下げる必要があります。
鯵、いわし、サバなど青魚の魚油、紫蘇の油など、オメガ3と言われる脂肪酸(HP「脂肪酸の分類」「DHA/EPA再検証」参照)、納豆などの大豆類(HP「大豆の世界生産)参照)には、血液の粘度を下げる作用があるといわれています。
またオメガ3脂肪酸は、細胞膜のチャネル(HP「海産毒素が世界を救う」参照)に作用して、血圧をコントロールするという研究報告もあります(HP「山口大学医学部・小林誠教授らが発表。高血圧・心筋梗塞・血管障害の原因物質とその作用に新発見」参照)。
中高年となり、心臓血管疾患の既往症、高血圧、不整脈などがある方にとって、青魚、大豆は貴重な食材です。
注1)
脳卒中は脳出血と脳梗塞に大別されます。脳梗塞には、脳血栓(のうけっせん)と脳塞栓(のうそくせん)がありますが、長嶋監督の症状は脳血栓と言われています。脳血栓の原因も色々ありますが、今回のケースは、心房細動により血栓が作られて、脳梗塞を起こしたと言われています。
注2)
心房細動は、心房の収縮、弛緩をつかさどる微弱な電気信号が、不規則になる不整脈現象です。原因は特定できませんが、高齢者、不眠、ストレス、肥満、高血圧、アルコール飲料過多、喫煙、心疾患の既往症のある方、過度の運動などに発生が見られます。正常な脈拍は安静時で60−80回/分が目安と言われます。
注3)
ジギタリス Digitalis purpurea ゴマノハグサ科Scrophulariaceae
英名Common Fox-glove 和名キツネノテブクロ(狐の手袋)
西ヨーロッパ原産

園芸種としては美しい花ですが、野生のものには強い毒性があります。ジギタリスの葉からは、水に解け難いステロイド系配糖体のジギトキシン(digitoxin)、ジトキシン(gitoxin)が得られます。ジギトキシン類は、永年心臓病に用いられてきたことから、特に強心配糖体(cardiac glycosides) とも呼ばれていますが、その成分は毒性の強いシアン(cyanide、青酸塩)です。
ジギトキシンの生合成はイソプレノイド経路(メバロン酸経路)(HP「テルペン類の分類とトリテルペン」参照)により行われます。
ジギタリス成分と同類の化合物(cyanogenic glycosides) はヨーロッパの薬箱と呼ばれているエルダーの花、実 *elder(Sambucus nigla, Caprifoliaceae)やワイルドチェリーの皮 *wild cherry berk (Prunus serotina, Rosaceae) に含まれます。
*日本には日本エルダーと呼ばれるニワトコ(Sambucus sieboldiana )がありますが成分は異なります。
*日本ではウワミズザクラ(Prunus grayana Max)、エゾノウワミズザクラ(Prunus padus L)が近似種です。強心配糖体(cardiac glycosides) のシアン(cyanide、青酸塩)を含有します。
(薬用植物辞典、シュヴァリエ)(薬草カラー大事典、主婦の友社)
注4)
ジギタリスの近似種ケジギタリス(woolly foxglove)とジゴキシン
ジギトキシンは水溶性能が低いために、体内滞留時間が長くなります。
薬効が強い反面、毒性も強いのが特徴です。
トキシン(toxin)とは英語で毒素のことです。
毒性を避けるために、高齢者や軽度の患者には、水溶性能が高く、吸収力がジギトキシンより2−3割低い、近似種のケジギタリス(woolly foxglove)(学名Digitalis lanata、ゴマノハグサ科)の成分を使用します。最近では安全性からも、こちらが主流のようです。
ケジギタリスの成分はラナトシドC(lanatoside C)と呼ばれます(注6)。
このほか近似種には、キイロジギタリス(yellow foxglove),(学名 Digitalis lutea、ゴマノハグサ科)という種類もあります。
ジギトキシン(digitoxin)、ジゴキシン(digoxin)の作用
ジギトキシン、ジゴキシンには細胞内のナトリウム濃度を上昇させる作用があります。ナトリウムはカルシウムと拮抗して、細胞内のカルシウム濃度が上昇します。血液中のカルシュウム濃度の増大により、心筋電気活動性や刺激伝導作用が活性化し、心筋に収縮作用が起きます(HP「海産毒素が世界を救う」参照)。。
注5)不整脈の治療
一般的な不整脈の治療には、心筋刺激剤のジギトキシン(ナトリウム・イオン・チャネルを阻害する)、カルシウム・イオン・チャネル拮抗剤(血管平滑筋細胞内へのカルシウム・イオン取り込みを抑制して血管を拡張させる)、β遮断薬(β受容体の遮断による心拍出量低下、交感神経刺激抑制作用)などが用いられます(HP「海産毒素が世界を救う」参照)。
注6)ジギトキシン、ジゴキシンの医薬品
中外製薬、山之内製薬(京都薬品工業)などからジギトキシン錠、ジゴキシン錠 、 ジゴシン1000倍散 、 ジゴシンエリキシル 、 ジゴシン錠 などが発売されている。
薬品の成分であるジギトキシン(digitoxin、ジゴキシンから水酸基OHが除かれたもの)、ジゴキシン(digoxin C41 H64O14 分子量780.95)、ジゴキシゲニン(digoxigenin、ジゴキシンから3分子の糖が外れたもの)などは、特に強心配糖体(cardiac glycosides)と呼ばれています。
医薬品としてはジギタリスのジギトキシンの他、ケジギタリスのラナトシドC
(lanatoside C)から、デスラノシド(deslanoside、ラナトシドCをアルカリで加水分解したもの)、ジゴキシン(digoxin、デスラノシドを酵素分解でグルコースを除去したもの)、メチルジゴキシン(methyldigoxin)等が合成されています。

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