世界の健康ニュース解説
狂牛病の検査に活躍するホースラディッシュ(西洋わさび)
BSE検査のエライザ(イライザ)法と酵素ペルオキシダーゼ

狂牛病(牛海綿状脳症、BSE、プリオン病)の検査に関して、日米で激しい議論(解説)が続けられ、検査方法に関心が高まっています。
プリオンに異常が見られる牛海綿状脳症の第一次スクリーニング検査(陽性、陰性の検査)には、比較的簡便で、精度の高いエライザ(イライザ)法、ELISA)法(注1)が通常適用されます。エライザ法の検査方法では、あらかじめ用意した抗体に牛の検体を接触させて、異常プリオン抗原の反応と抗原量を測定します。
抗体には反応を容易に検出できるよう、色素反応を起こす酵素を添加しますが、この酵素に、ホースラディッシュのペルオキシダーゼ(peroxidase)が選択されることが多く、ホースラディッシュ(horseradish)が注目を浴びています。
ホースラディッシュ(西洋わさび)(注2)と言えば、一般的にはローストビーフを連想すると思います。ローストビーフ料理にはクレソンと並んで無くてはならないものです。この西洋わさびの根に含まれる酵素、ペルオキシダーゼが、牛海綿状脳症(BSE)検査に活躍していることは専門家以外には、あまり知られていませんでした。西洋わさびはギリシャ原産といわれ、地中海地方では3000年の歴史があります。古くから北ヨーロッパ、東欧では、その強い抗菌、殺菌作用が、肉や魚の腐敗防止、食中毒防止、疾病治療に役立っていたようです。
16世紀にはハーブとして医学者(1597 John Gerard、イギリス)に認知され、抗炎症、鎮痛、抗アレルギー、殺菌、抗腫瘍などに、幅広く使用されてきました。
ホースラディッシュを食用として、世界に普及させたのは米国の食品会社、ハインツ社(H. J. Heinz Company)のヘンリー・ハインツ(Henry J. Heinz)と言われ、米国は世界的な生産地となっています。
西洋わさびは、日本のわさび(ワサビ、山葵。学名Wasabia japonica (Miq) Matsum)と同じアブラナ科に属し、その成分も類似しています。
ホースラディッシュの木(和名、わさびの木)といわれインド、フィリピンや東南アジアで食用とされる、モリンガ(Moringa)はわさびの近似種に挙げられますが、ファミリー(科)が異なります(注3)。
解説
米国の狂牛病(BSE、Bovine Spongiform Encephalapathy)(HP「クロイツフェルト・ヤコブ病と狂牛病」参照)発生は、米国産牛肉や牛由来ゼラチンの輸入に頼っていた日本の関連市場を揺るがし、深刻な打撃を与えています。
米国産牛肉は日本の牛肉輸入総量の約40数%を占め(注4)、米国産牛由来ゼラチンには製菓産業を始め、ゼラチン・カプセルを使用する製薬業界、健康食品業界などが大きく依存しています。
議論となっている米国のBSE検査の問題点は、検査費用の負担額に尽きると思います。
日本では過去2001年のBSE発生以来、食用牛全頭のプリオン検査を実施しています。
他国に較べて、生産量が極端に少ないため、管理しやすいともいえます。
一方、米国の牛肉輸出量は世界第2位(1位はオーストラリアの142.5万トン)の規模であり、肉牛1000万頭以上に相当する116万トンにもなりますから、全頭検査の実施は不可能との見識です(注5)。
一件当たり5千円以上と言われる、第1次のスクリーニングテストの費用は、この輸出分だけでも500億円以上の膨大なものになります。
注1)エライザ(イライザ)法(ELISA , emzyme linked immuno sorvent assay)
固相酵素免疫検定法
BSE、HIV(エイズ・ウィルス)、アレルギーなどの抗原の所在を確認する検査方法。大掛かりな装置や高度な技術が不要なため、1次検査に多用されている。
標識酵素として、選択されることの多いのが、西洋ワサビのペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase)です。
標識酵素には、この他、アルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase)、βガラクトシダーゼ(β-galactosidase)などが使用されることもあります。
エライザ(イライザ)法の実施技術はいくつかありますが、サンドイッチ法(sandwich ELISAまたはdouble antibody ELISA)と呼ばれる方法の確度が高いといわれます。
この分野ではアベンティス ベーリング社(Aventis Boehring)が、プリオンの発見でノーベル医学賞を受賞したスタンリー・プルシナー博士( Stanley B. Prusiner)(注6)と、1998年に共同開発した構造依存性免疫試験(ダイレクトCDI 、Conformation Dependent Immunoassay)が著名です。
最近はダイレクトCDIを進化させた、サンドウイッチ・コンフォメーション依存型免疫法を発表して、検査業界をリードしています。
注2)ホースラディッシュ(horseradish)
学名Armoracia rusticana アブラナ科Cruciferae セイヨウワサビ属Armoracia
別名 : ワサビダイコン、西洋ワサビ、レホール(仏、Raifort)主要産地 北ヨーロッパ、中国、北米(California, New Jersey, Virginia, Illinois ,Wisconsin)
葉が縮れた一般的な種類と、病気に強いフラットな葉の種類(特にボヘミアン・タイプBohemian typeと呼ばれる)がある。葉が縮れたタイプは香りが強く、高級となります。
元来多年草ですが、毎年新規に栽培するケースが多いようです。
ホースは馬と言うより、辛い(ハーシュ、ハース、harsh)が訛った言葉といわれます。ラディッシュはラテン語の根(Radix)を語源とする大根のこと。(ドイツ語で海の大根を意味するmeerrettichが語源と言う説もあります)。
ホースラディッシュ(西洋わさび)は日本わさびと同様に、辛味の成分はイソチオシアン酸アリル(Allyl isothiocyanate, C4H5NS)です。含有する成分の配糖体、シニグリン(sinigrin)が、わさびを細分したり、摩り下ろす事により、酵素ミロシナーゼ(myrosinase)によって分解され、イソチオシアン酸アリルになります。イソチオシアン酸アリル(Allyl isothiocyanate, C4H5NS)は、
前述のペルオキシダーゼ酵素と共に、薬用の有効成分といわれますが、多量に使用されると毒性が強い成分です。イソチオシアン酸アリルには、農芸用などに化学合成品もあります。
西洋わさびの加工品パウダーは、中国などから日本に輸入されて、日本わさびの代用としての粉わさび、練りわさびにもなります。
注3)モリンガ(Moringa)
学名, Moringa pterygosperma C. F. Gaertin(過去にはMoringa oleifera Lamと呼ばれました)ワサビの木科(Moringaceae family)
インド原産の樹木。3−10メートルの高さに生育する。産地。 インド北西部、スリランカ、アフリカ、アラビア半島、マダガスカル島
インド、スリランカ、東南アジアでは柔らかい葉、茎、花、実などが、カレー、スープ、ピクルス(実)などに使用される。わさび類の香りがある。
また、わさび類と同様に、根、樹皮が抗菌、抗炎症作用の薬として珍重される。
毒性が指摘されることがあるが、わさび同様、イソチオシアン酸アリルが含有されているため(?)と思われる。
注4)
日本の対米牛肉輸入は自由化1年目の1991年以来増加しています。
最近では米国の総輸出量の約4分の1、28万トン近くにもなり、2003年後半にはセーフガード(関税38.5%から50%)の適用が検討されていました。
注5)
米国の肉牛飼育数はテキサス州を筆頭に9,740万頭(2001年)。年間牛肉生産量は日本の約18倍の1,200万トン(2003年)です。
注6)プリオン蛋白 PRION proteinaceous infectious particle
プリオン病はヤコブ病、狂牛病、スクレイピーなどプリオン蛋白の異常を起因とする疾病の総称です。
専門的には伝達性海綿状脳症(Transmissible Spongiform Encephalopathies)とよばれますが、相互関連と詳細なメカニズムは解っておりません。
プリオンは1997年のノーベル賞受賞学者 スタンリー・プルシナーStanley B. Prusiner 教授により1996年8月にScientific American に発表された論文("Prion Diseases and the BSE Crisis,")で使用された言葉として著名です。
253個のアミノ酸残基で構成されるプリオン蛋白は、タンパク質分解酵素が働かないために脳に蓄積し、正常構造のプリオン蛋白の立体構造を変え、長い潜伏期を経てプリオン病を発病させます。

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